なぜ人のカラダを診るようになった?2

 

人のカラダを診る2

断食から、食べない健康法を体験し、私は大学で彫刻を専攻しました。元々立体作品には自信がなかった私が、彫刻を選んだのは、先生(彫刻家:晝間弘先生)が魅力的だったからです。そして卒業論文では、ヴィジュアルの世界が先行する近未来では、触覚的芸術の重要性が不可欠であると書きました。その思いの行きつくところが、鍼灸であり操体法になると思います。

そのため、患者さんに触れことで、あるいは触れる以前の波動に触れることで患者さんのカラダが訴えていることを知るという行為を芸術と思うようにしています。

まあ~こじつけですけど!

なぜ人のカラダを診るようになったのか?

私が、人のカラダを診る仕事になっていく過程を、書いてみます。

小学生の頃は、外で遊ぶのが大好きで元気な子だったのですが、夕方になると、お腹が痛くなることがありました。そんな時、父親が私の腰背部を指圧して治してくれていたのです。クスリで治すのではなく、指圧を受けて気持ちよく治るという体験をしたのが原体験になりました。

中学生になると、勉強して良い点数を取るのに興味を持ちました。そのためなのか、胃腸の調子が悪く便秘と下痢を繰り返す日々でした。そこで、医師から「甘い物をたべるな!」と指導があり、その後体調が整っていき、結局、25才になるまで一切甘い物を食べませんでした。

この体験で、カラダと食べ物の関係性を身にしみて知りました。そのため、沖正広先生の主催する「沖ヨガ道場」に、20才で体験入門し30才の時、1週間の断食をしました。この期間に肉体労働をしても全く疲れないことに驚き、睡眠時間が4時間程度でも、朝の目覚めがスッキリして爽やかだったことに、驚きました。

この感覚を今なお覚えているので、1日1食が当たり前の生活になっています。人のカラダを診る前に、自分のカラダを整えるここからまず、スタート。  (つづく)

国宝を治療家として観る

「国宝を、鍼灸師としてどう観ました?」

「うん?・・・ちょっと鍼灸師としては観てなかった・・・」

「野口晴哉先生(野口整体の創始者)の弟子が映画を観に行った時、野口先生が整体師としてどのように観たのか?と、質問したそうです。」

と、患者さんから言われました。鋭い質問を受けタジタジとなったのですが、それからしばらく経ち、改めて国宝を鍼灸師としてあるいは、施術者としてどうとらえたのか考えてみました。

国宝の映画で印象に残ったシーンの1つが、田中泯さんの白塗りのゴツゴツした手。本来なら歌舞伎役者の手はあれほどゴツゴツしていません。田中泯さんは女形を演じて声は女性の声になっているのですが、山奥で農作業をしていた手が田中泯さんの生き様をさらしているため、異様な迫力で迫ってきました。

手が生き様を表現していることを改めて思い知ることになりました。施術者は手で触れて患者の状態を探ります。また、頭皮に触れないで患者さんの波動を感じ取るセンサーにもなります。触れるだけで治療をするときもあります。そんな機能的な手は、生き様そのものとなるのです。

国宝を治療家として観ると、田中泯さん演じる女形の手が奇抜、異様な「歌舞伎」そのものであった・・・・と、言うことになるようです。

国宝

昨日は、話題の映画「国宝」を観ました。「歌舞く」とは、常識や慣習から外れた、派手で奇抜な振る舞いをすること。そこが、任侠の世界とも通ずるところがあり、任侠人が歌舞伎役者を贔屓(ひいき)することもあったようですね。主演の吉沢亮さん、横浜流星さん、渡辺謙さんも素晴らしかったのですが、田中泯さんが、重要なポジションで歌舞伎の本質を体現しておられました。

田中泯さんは、私の大学の先輩にあたります。そのため、在学中に大学の真っ白なスタジオで、田中泯さんの泥だらけの裸踊りを観る授業がありました。当時、東洋一の肉体美といわれていたのですが・・・気持ち悪さ、奇抜さだけがココロに残りました。田中泯さんは一人で踊り、山梨県の山奥で井戸を掘り、生活され・・・暗黒舞踏の創始者・土方巽(ひじかたたつみ)さんとの交流後、暗黒舞踏の踊り手となりました。

土方巽さんが亡くなった1年後、ベルリンのクンストラハウスベターニアンという国際的現代美術センターで踊り、評価を得てから、世界各国で踊り暗黒舞踏を世界に広めました。私の友人である梅棹マヤオさんの自宅(京都美山町)でも踊られました。

「ああ、パイクか!あそこの隣りの屋根があるだろう・・・あそこで踊ったよ。」

私が20才代のころ、ニューヨークでナムジュンパイクさんのアシスタントをしていた話になり、田中泯さんからポロッと話しを伺いました。

その田中泯さんが踊る歌舞伎こそが、歌舞伎。最後に吉沢亮さんと横浜流星さんが踊る歌舞伎は、田中泯さんの指導があったのでは・・・・と、一人勝手に想像して嬉しがっています。もう一度観たい映画です。

求道者

患者さんから、様々なお話を伺い刺激をいただいています。大晦日から新年にかけて、武道館でさだまさしコンサートに行かれた!・・・・ものすごい行動力です。そこまでのエネルギーを引きつけるさだまさしさんの人間力、ただただ頭が下がります。

このコンサートでは、立川談春さんと、もうお一方の落語家さんが同時落語をなさったそうです。凄い人の周りには凄い人が集まるのですね。

話変わって、ある患者さんから2025年の大谷翔平特集の雑誌をいただきました。これを待合室兼治療室に置いております。大谷翔平選手は、年々新たな挑戦をしている求道者です。その周辺にはやはり、凄い人々が渦巻いています。

そんな空間になるといいな~~・・・・自分を磨くしかないようです。

昼メシは怖い!

普段は一日一食(夕食のみ)なのですが、先日食事会に参加し、昼食をとることがありました。その帰り道が本当に大変。車の運転中、突然の睡魔!これが三度もあり、「ひやっ」「ひやっ」「ひややっ」。

カラダが「普段しないことをするな!」

と叫んでくれたようです。今後、昼食をせざるを得ない時は、タクシーを使うことにします。取った食事を消化するエネルギー、血液量は相当なものであると体感した次第です。

お弁当屋さん

興居島の由良港にフェリーが着くと「Cotton John Coffee 」というコーヒー店があります。そのウラに「味喜」というお弁当屋さんがあり、最近はこのお店に、朝注文して予約するようにしています。

肉入り弁当か、魚介類入り弁当かなのです。私は魚介類入りを注文しています。今日は、きざんだ生姜で煮込んだアサリとホタテをご飯に一杯並べた弁当。あとは、だし巻き卵、煮大根、キンピラと、純日本式弁当です(本当に美味しそう!)。

これを、一日一食の私は、夕食にします。このお店は、11時から13時まで開店。私が尋ねたのは、12時30分だったので、オカズのバラ売り(300円)も全て売り切れ。私の予約弁当だけが残っていました。

超人気のお弁当屋さんです。興居島に寄られたら、是非お立ち寄りください!

突然の電話

朝早く、電話がありました。

「大沼先生のゴムバンドは、どこで買えますか?」

「・・・・えっと、何・・・・ああっ、・・・ちょっと待ってください。」

「お待たせしました、直接、大沼先生の治療所に電話されたらいいと思います。」

そんなやりとりをしていると、その方のお辛い状況を察知できます。

お辛いことがあれば、いつでも連絡してください。私で出来ることは、致します。

龍祭り

 

今日は、惣河内神社で、宮司である弟が主催の「龍祭り」が行われました。今回で3回目ですが、年々盛大になって来ています。今回も、岩ゲントさん率いる「玄喜座」を始め、新たに今治から法螺貝(ほらがい)を吹くグループと、隣りの地区・松瀬川(ませかわ)から和太鼓のグループ、そして、マグロの解体ショーまでありました。

マグロの解体ショーでアシスタントを務めた男性が、有名なyoutuber なので、今回のイベントが多くの方々に届くことを願います!

今後とも、河之内の惣河内神社をよろしくお願い致します。

明治生まれ

80才代の女性患者Bさん。今日は、Bさんのお祖母さんの話をしてくれました。

「私の姉が、夜寝てる時ムカデに噛まれたんよ、そしたら祖母さんが提灯(ちょうちん)持って外に出て、何か*花のついた植物を見つけてな。それを潰して姉につけたんよ。翌日、あんまり何も言わんかったけん、効いたんじゃと思う。」

「昔は、*除虫菊をいっぱい植えとって、陽が落ちたら乾燥した除虫菊を燃やして蚊が来んようにしよったんよ。」

*ドクダミ、オオバコ、ゲンノショウコ、アロエ、ヨモギがムカデの毒に効くとチャットGPTにあるので、花の咲いていたゲンノショウコのことだろうと思います。

*除虫菊の成分・ ピレトリン が蚊、ハエ、ノミなどの神経を麻痺させるため、古くから蚊取り線香の主原料として使われています。(チャットGPTより)

明治生まれの人は凄い!