人間主義的経営 再び

愛媛県は、聖火リレーを中止するそうです。インターネットで下記のように掲載されていました。

『新型コロナウイルス感染拡大を受けた愛媛県実行委員会の申し入れを了承した。同市中心部の城山公園で行われる到着式では、市内を走る予定だったランナーが、聖火をともしたトーチを手渡しして聖火皿に点火するセレモニーを開く。公道でのリレーが中止された大阪府では、代替のリレーが万博記念公園で実施されており、ランナーが走れなくなるのは松山市が初めて。

愛媛県内のリレーは21、22両日に20市町で計画され、松山市内では約3キロを27人が走る予定だった。市内での感染拡大に歯止めがかからず、中村時広知事が中止の意向を示していた。他の19市町では実施する予定。』

じわじわと、地方都市にもコロナ第4波が押し寄せているようです。当院では、密にならないように、実際の治療時間は、1時間弱ですが、1時間30分の予約制としているため、患者さん同士が同じ空間にいることはありません。コロナ禍でこのやり方がすっかり定着してきました。今日の最後の患者さんは、私と同い年の女性。そんなこともあって、治療後「人間主義的経営」ブルネロ・クチネリ 翻訳 岩崎春夫の本が話題になりました。

「先生、私はまだ全部を読んでないんですけど、言葉の表現が素敵なので、嬉しくて嬉しくて・・・本当に素晴らしい文章力ですね!」

「そうでしょ!とても翻訳していると思えない、素晴らしい本でしょう・・・岩崎(大学の同級生で共に野球部)は、本当に凄いやつなんだよ・・・・いい刺激をもらった・・・自分も何か作ってみたいと思うようになりました。」

と話しながら、患者さんの息子さんもまた、農業を通して地方創生を考えているとか、久万高原町では、山を買い取って古民家を再生して民宿をしている人がいるなどと、様々な話が飛び交いました。コロナ禍では、力をゆっくり溜め込んで、次のステップを楽しむことにしましょう!

最近のモモ(生後6ヶ月のメス猫)

相変わらず、キャリーボックスにいることが多いのですが、私が「モモ」と呼ぶと「にゃ~」と答えてくれることが、多くなってきました。また、夜になると様々な遊びを勝手に始めます。どうやら、猫タワーのてっぺんが好きなようで、ムササビが木を上るような勢いで、あっという間に移動します。相当運動神経がいいようです。

 

台所の流しの下へは、開戸を開けて入って隠れんぼしていますし、押し入れを開けることも覚えて、勝手に遊んでいます。今日は、初めて背中を見せてエサを食べました。これは、私を信用しているという表現だと理解しています。

というか、今現在、大暴れしています。カーテンに上るは、猫トンネルに体当たりするは・・・・

モモは、猫をかぶっていたようです・・・・おてんば娘でした!よく見ると右頬にキズがあります。結構、危険な遊びをしているようです。それにしても、この空間を気に入っているようで、一安心❣️

吉もん

 

今朝から、松山英樹選手のマスターズ優勝で日本中が沸きかえっています。私は、いつものようにに朝の掃除(床拭き、トイレ掃除)をしていたので、全く知りませんでした(*≧∀≦*)。視聴率が50%以上だったというから、ずいぶん時代から取り残された感です。松山英樹選手のお父様が経営するHideki Golf Garden が車で10分のところにあります。多分、そこではお祭り騒ぎになっていると思います。

テレビをつけると、松山市内(松山英樹選手出身地)は沸いていました。知事までが祝福の会見をしていました。

ゴルフのことは、テレビに任せて、今回は筑波大野球部の気になった選手の紹介をします。昨日の試合でリリーフ投手として投げた吉本孝祐(こうすけ)選手。滋賀県の進学校、彦根東では甲子園出場、強豪校の波佐見高校に逆転勝ち。吉本選手はファーストを守り、バントの構えから、ライナーのホームランをレフトスタンドに放ちました。この映像を見たのですが、ベースを回るスピードの速いこと!元気がいい!

その元気の良さは、大学に入ってから益々加速しているようです。ファーストからピッチャーに鞍替えし、

「何でワシの背番号が13なんじゃ!18(エースナンバー)やろう!」

と言い放っているそうです。眉毛が濃ゆくて、マンガの主人公のようで、「吉もん」と呼ばれているそうです。体育専門学群4年生応援しています!

首都大学リーグ2日目

 

(写真は、東海大対日体大)

現在の首都大学リーグは、同一チームと2戦するだけで、どちらかが2勝するまで3戦することはないようです。やはり、学業を優先し月曜日の試合は、避けているようです。また、1チームが2種類のユニフォームを持っているのに驚きました。昨日の筑波大学は、我々が着けていた風のユニフォーム。今日のユニフォームは、上下の色違い(プロ野球風)でした。

これを見ると、首都大学リーグは人気出ると思いました。学業優先で、2種類のユニフォーム。特に、桜美林大学の今日のユニフォームのカッコイイ事!全身エンジ色・・・・あんなユニフォームを見たのは、初めてです。大学で野球と学業を両立したい高校生、是非とも首都大学リーグ所属の大学を念頭に置いてください。

また、9回で同点ならば、10回からタイブレーク(直訳すると、同点壊し)。0アウト1、2塁という得点が入りやすい条件を作って攻撃を行い、試合が長引くのを防ぎ、選手の負担を少なくします。この方法は、これからの学生野球の主流となるでしょう。

さて、筑波大学VS武蔵大学は、1対2で負けている中、絶好のチャンス。ところが、7回くらいから、画像が徐々にストップし始め・・・・筑波大学がランナー2塁で、ヒットを打った瞬間から、完全に画像ストップ。おまけに音声もなくなりました。しばらくして、スイッチオン。2対2の同点で10回のタイブレーク、筑波大学の攻撃という場面になり・・・・患者さんが来られたため、治療を開始となりました・・・治療が終わると、

「先生、野球の試合は?」

「あああ・・・つけてみましょう!」

スイッチをつけるも、「一時中断」のまま・・・・結局、患者さんと世間話をしながら、時間が過ぎました・・・・それでも、最後に結果だけは分かりました。4対3で筑波大学の勝ち。

なんと、12回で決着するという大接戦だったようです。これで、2勝0敗筑波大学が、首位に立ちました!次の試合は、4月24日(土)、25日(日)ユニフォームのカッコイイ桜美林大学と戦います。今から楽しみです。

首都大学リーグ開幕

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『2021年度リーグ戦ネット配信を、首都大学野球連盟YouTubeチャンネルに加え、スポーツブルの特設ページ及び、UNIVAS公式サイトより1部リーグ戦全試合を無料ライブ配信をすることとなりました。』

上記の案内が、首都大学リーグ4月10日開幕に合わせて、メールで届きました。

何と、母校(筑波大)の試合をライブで見ることが出来るのです。

私がやっていた頃から・・・・もう40年も経っています・・そうか、ならば、こんな時代になってもおかしくは無いですね!首都大学リーグは、学業との両立を目指して試合は、土日に行います。我々が現役の時は、たしか川崎球場を使用していたように思います。

早速、午後3時から始まる筑波大学VS武蔵大学の試合観戦(大田スタジアムでの第3試合目)。

筑波大学のユニフォームが変わり、我々が着ていたユニフォームに少し似ているので、嬉しくなりました。40年前の武蔵大学は万年2部で、しかも下位チームでしたが、いまでは1部で優勝を狙えるチームへと変身していました。東海大菅生高校のバッテリーが主軸になっており、福島県の甲子園常連高、聖光学園出身の選手も入っています。

筑波大学は、身長181cm、体重83kgの佐藤隼輔投手(左腕)はドラフトでも注目される逸材。捕手の成沢選手は甲子園で優勝した東邦高校のメンバー。十分優勝を狙えるチームとなっています。

このライブ発信のアナウンサーが筑波大の野球部選手で、3試合とも続けて出演しています(朝から夕方までしゃべり散らし)。そのエネルギーには、ただただ敬服しました。このアナウンサーと、対戦する2チームの選手がゲスト解説でチームメイトの事をしゃべるので、楽しい時間を過ごせました。

試合結果は、1対0で筑波大学の勝ち。明日もあります。こんな楽しみが私の人生に突然生まれるなんて・・・・OB会事務局長はじめ、諸先輩方、関係者の方々に心より感謝いたします。

I W ハーパー

2005年に Hiromu Saika Miyamacho Kyoto 程度の宛名で、Artist in residence (滞在して芸術作品を創る人)の募集が舞い降りてきました。この宛名でたどり着いたのだから、受かるかもしれないと思い、過去の作品を送って見たところ、受かってしまい2006年、アメリカのケンタッキー州にあるバーンハイム美術館で作品を作ることになりました。

I W ハーパーというバーボンウイスキーをご存知でしょうか?このウイスキーは、I W バーンハイムさんと、ハーパーさんが作ったものです。バーンハイムさんは、ドイツからの移民で小銭しか持っておらず、裸一貫で叩き上げた苦労人です。その苦労の甲斐あって大きな会社となりました。

ところが、ウイスキーを作るために、沢山の木を切り倒したせいで山が荒れて、生態系が狂ってしまいました。良心の呵責(かしゃく)に苛(さいな)まれたバーンハイムさんは、一念発起し、徹底した環境整備を行い、ネイティブ・アメリカンが住んでバファローが群をなしていた当時の生態系に戻そうと考え、実行しました(今なお、その意志を受け継いで多くの人々が参加しています)。そして、子供達への環境教育、環境アートに力を入れました。

私が呼ばれたのは、その流れの一環でした。私が、前々回のフェンスブックで紹介した「人間主義的経営」の本を読んだ時、このバーンハイムさんを思い出し、また我が故郷の偉人・近藤林内さんを思い出しました。林内さんは、バーンハイムと同じくお酒作りをして富を得ました。林内さんの作った酒を棚田米から再現できたら・・・・などと、妄想したのでした・・・

最近のモモ(メス猫・生後6ヶ月)

相変わらずキャリーボックスで昼間は過ごすことが、多いのですが、ちょくちょく私の反応を探るため、おすまし姿でゆっくり歩いて・・・今日は、猫タワーまで上って行きました。どうやら、夜中は運動会をしでかしているようです。テレビの電源を切るは、イナバチャルチュールをガチガチに噛み切っていつの間にか、全てかじりかじりの小ちゃい穴ボコボコ。

患者さんから頂いた「だしの素」の棒状プラスチック袋(私は使わないので、大きな箱に一杯入っています)を、かじりかじり。これは、塩分が多いので、患者さんには申し訳ないのですが、捨てることにしました。それでも、モモにとっては、少しずつ居心地がいい空間になりつつあるようです。

天井から聞こえてくるセキセイインコのキー、ボーの鳴き声は、ずいぶん気になるようで、いつでも襲(おそ)える体勢で見上げています。あのときの目は野性動物になっています。

私が近づくと「にゃ~」となくようになって来ました。エサやりとトイレ掃除をまめにして、モモに認められるよう下僕しています。

あと半年は掛かるでしょう・・・普通にお付き合いできるまで・・・

人間主義的経営

読書嫌いの私が、2日間で読み終え、じわじわとした感動に浸っています。

人間主義的経営 ブルネロ・クチネリ 翻訳 岩崎春夫

 

この本は、古代、中世からの叡智、遺産を未来に託し、生き生きとした文化、経済、教育、芸術を生み出した地方再生の羅針盤です。しかも、私と同年代のブルネロ・クチネリ氏の自叙伝から始まる田舎生活は、私の幼少期とも重なり、大家族の人間模様、生き様が美しく描かれ、共感しっぱなしでした。

ブルネロ・クチネリは、1978年、色鮮やかなカシミヤセーターを製造する小さな会社を立ち上げ、事業の目的を、倫理的にも経済的にも人間の尊厳を追及することと定めました。1985年ソロメオという小さな村の廃墟となっていた城を買い取り、「人間のための資本主義」を実現する場所とし、ブルネロ・クチネリ社の本社にします。

そして、ソロメオ村の豊かな暮らしを取り戻すため、村を修復し、文化、芸術、人々の交流を促進するために、劇場、図書館、公園などの施設を整備しました。

詳しくは、本を購入してゆっくりと読んでいくことをお勧めします。それにしても、翻訳が何と素晴らしい事か!!

大学時代の親友・・・・岩崎春夫氏は、同じ野球部で体育専門学群所属ではなく、比較文化を専攻。私は芸術専門学群だったこともあり、お互い変わり者同士。野球練習後は、彼の部屋が飲み屋状態でした。すると、比較文化の仲間が遊びに来て・・・・と、お陰で色々な人との交流が出来ました・・・皆んなどうしているんだろう・・・

岩崎春夫氏は、超エリート商社マンでトップに上り詰め、現在はHOP株式会社を設立。「美しく強い会社を創る」を目標に、ベンチャー企業や世代交代期を迎えた企業を対象とする人と組織の基礎作りを行う他、人事と経営の本質を学ぶ学校「人事の寺子屋」を運営しています。

下記は、岩崎春夫氏の訳者あとがきの一説です。

ビジネスの世界で働くことで世の中を今より良いものに変えていきたい。そう考える有意の経営者、企業で働く人々、そしてこれから社会に出る若者たちが、この本を読んでビジネスと経営について学び、ひとつでもふたつでも良い会社、美しい会社を作り出していって頂けたら、これほど嬉しいことはありません。そんな一つひとつの小さな会社の活動が、世界を覆う歪を治癒し、社会をもう一度良い方向に変えていく流れにつなげていくと確信します。

東雲能

 

松山城近くにある東雲神社で、能があり、雨にもめげず初めて見学しました。私の祖母がこの神社の近くで生まれ育ったので、幼い頃から能を見ていました。その影響で晩年まで、能舞い、謡は続けていたのをよく覚えています。能を見ながら、祖母の舞いがオーバーラップして懐かしい時間がすぎて行きました。主催の東雲能実行委員会の責任者が、私の高校3年の時の同級生ということもあって、見なければならないという指名、運命を感じたのです。

実を言うと、東雲神社と能は、日本における能文化に大いなる貢献をしているのです。下記にインターネットからの引用文を記載します。

『明治維新に際し、藩主の所蔵する能面、能装束が競売に出されることになりました。このとき、高浜虚子の父、池内信夫と正岡子規のおじ歌原良七、藤野漸が保存のために奔走しています。能道具は東雲神社に奉納されることとなりました。現在、この衣装や能面は「東雲さんのお能」で見ることが出来ます。県指定の文化財。能面は室町時代から江戸時代の中期、狂言面や衣装は桃山時代から江戸時代中期のものが多いようです。能面153面、狂言面42面、能衣装110点が保存されています。

(中略)

また、高浜虚子や河東碧梧桐、内藤鳴雪、藤野漸ら、俳句の巨頭たちは能の名手でもあったといいます。高浜虚子のお兄さんである池内信嘉(1858~1934)は能の功労者。明治35年(1902)上京し、雑誌「能楽」を発刊し、後継者の育成につとめています。後に、東京音楽大学の教授となり、日本能楽の再建に大きく貢献しています。能楽の重鎮、金子亀五郎(喜多流)、川崎九淵(太鼓)、宝生弥一(ワキ)たちの松山出身者を指導・庇護したことでも知られています。』

かつては、松山は、能王国とも呼ばれていたそうです。俳句はもとより能も盛んであった松山は、文化水準が高いようです。また、宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」油屋は道後温泉をモデルでしたが、あのお面をかぶったおばけは、やっぱり能の演者がモデルだと確信しました。動きといい、無表情な面は迫力があるのです。やはり、実物を見て感じることが多いことに気づきました。

東海大相模優勝

東海大相模高校VS明豊高校の選抜野球選手権決勝。行き詰まる熱戦でしたが、東海大相模高校の9回サヨナラ勝ち3対2で終了しました。コロナ禍でいつもの練習が出来ない中、両チームともノーエラーとは、本当に素晴らしい!

この1年間は、スポーツ観戦があまり出来ない中、久々にいいものを見ることが出来ました。ただ、応援していた明豊高校が敗れたのは、残念でした。昭和42年吉良投手擁(よう)する津久見高校が優勝して以来の優勝を期待していたのですが・・・・気が沈みます。

そういう時、外に出て草引きをすると気が晴れてきます。でも、部屋に戻ると元に戻ります・・・・こういう時は、ベースギターの練習。結構いい感じです・・・・もう少し良くしようと思うと、畳に寝っ転がって、カラダとの対話。治療の合間には、しょっちゅうこの対話を行います。具体的には、YouTubeで色々紹介していますので、興味ある方はご覧ください。

東海大のユニフォームを見ると、大学時代の苦い思い出が蘇(よみがえ)って来ます。私が野球部に在籍していた頃は、東京教育大から筑波大へと移行する時期。1〜2年時が東京教育大、3〜4年時が筑波大でした。東海大が所属している首都大学リーグに我々も所属しており、1部にいる時は東海大と戦います。

筑波大3年の時、戦った記憶があります。当時のエースピッチャーは、のちに大洋ホエールズのエースとして活躍した遠藤一彦さんですが、我々との試合では、投げてくれませんでした。それでも、3投手が3回ずつ投げて、ノーヒットノーランを喫しました。力の差をつくづく感じました。そして、巨人監督の原辰徳さんが打席に立った時のオーラの凄さに守っていて、

『お願いだから、ここ(3塁)には、打たんといてくれ!』

と怖気(おじけ)づいた事を、鮮明に覚えています。3塁まで来た原辰徳さんのカッコ良さに敵ながら惚れ惚れしてしまいました・・・・これでは、野球になりません。ただ、一流選手がどれほど凄いのかを知っただけでも、ありがたい事だと思います。