ギックリ腰には耳ウラ

最近、ギックリ腰で来院される患者さんが多くなっています。今までの経験から、耳のウラに置鍼するのが、効果的だと思っています。なぜ、耳のウラかというと、腰周辺の構造と頭蓋骨周辺の構造が似ているからです。「似ているだけで、何で?」と思われる方が多いのですが、同じような構造があるとその構造体を包み込んでいる筋膜が、引っ張りあってバランスを取っているからだと思っています。

理科系の頭を落ち合わせていない私は、これ以上説明できないし、すべきではないのでしょうけれども、喋ってみます。

耳は頭蓋骨と下顎骨と頸椎の交差するところに、位置しています。その構造に似ている骨盤には、仙骨(小さな頭蓋骨に見えます)と寛骨(腸骨+坐骨+恥骨のことです・・・これは、大きな下顎骨に見えます)と腰椎(頸椎に対応します)が交差するところがあります。その場所がギックリ腰になりやすいところです。

つまり、耳のウラ=ギックリ腰になりやすいところという構造的類似点を何となく感じるのです・・・まあ、説得力はないのですが、私なりに感じつつ治療をしています。

興居島で、

昨日までの雨が、ウソのように今日は良く晴れています。水曜日はいつものように、興居島出張。

「先生、アンタが来る時は晴れるのう。」

と、患者さんによく言われます。生まれてこの方、晴れ男になったことが無いので、初めての体験です。どうやら興居島とは相性がいいようです。ご高齢の多い興居島なので、現在の私の実力では、高校生のように即効性のある治療がまだ出来ていません。ただ、先週の土曜日に転んで左胸、左前腕を打撲した80才代の女性患者Aさんのような治療に関しては、即効性があります。頭にある左胸部、左前腕部の治療点に置鍼するだけで痛みがずいぶん軽減しました。

また、患者さんの手の指に、私が中指を添えるだけで患者さんの足が勝手に動き出す「自発動」を2回連続で体験されている80才代女性患者Bさん。ご自身でご自身の指に触れることで「自発動」を誘発できると指導したところ、

「先生、手の指。親指から順番に小指まで3分ずつ触れると、やっぱり足が勝手に動くんです・・・・そのせいか、足がポカポカして・・・普段は、靴下して寝るんじゃけど、靴下脱いで寝ています。」

真面目で几帳面なBさんは、しっかりとご自身のカラダと向かいあっておられます。今後長くお付き合いしていくであろう興居島。無理しないでボチボチやって行こうと思います。

鍉鍼(ていしん)

 

 

先週の金曜日から、しばらく気分が落ち込んでいたのです。その理由は、命の次くらいにに大切な「鍉鍼(ていしん)」という刺さない鍼が無くなったからです。この鍉鍼は、東京医療専門学校のM先生が使っておられた金鍼を、歯科技工士の友人が型取りして銀鍼に完全コピーし「自由新型週末へ」と書いてくれた、唯一無二のものなのです。

それが、無くなった!・・・・この落ち込み具合は、尋常ではなかったのです。しかし、平然と治療はこなしていきました・・・最近では、無くすことの無いように、100均で買った透明のハンコ入れに保管するようにしていたのですが・・・・ちょっと、油断してしまいました。

先日は、友人と一緒に鍼灸院で探し続けたのですが、「ここには、無い」と結論が出ました。そこで、今朝から2階の我が家を大捜査。『必ず、ここにある!絶対見つかる!』と念じながら、畳を見つめていると、キラッと光るもの。

「あった!」

思わず大声が出ていました。

どうやら、ズボンのポケットに入れていた鍉鍼が、ズボンを物干し竿にひっかけたとき、落ちたようです。

教訓:鍉鍼は治療後、必ず100均ハンコ入れに納めること。

 

200人

 

今日は、午後10時過ぎにやっと仕事終了。明日は、9時から治療が始まるので、これから安物のワインを飲んで、寝ます。この調子で頑張れば、今月は延人数200人の患者数になる可能性ありです。しっかり、治療に励みたいと思います。おやすみなさい!

裏内庭

 

 

今回初めての80才代女性患者Cさん。とてもお元気で70才代前半に見えます。今回は、左ソケイ部と下肢の外側に硬い張りがあります。それらを、耳裏の治療点に3本の置鍼で回復できました。最近は、腰痛を耳裏で治すことが多くなっています。

先日、男子高校生のギックリ腰患者さんが来院。歩くことも出来ないほどで、立ったままで治療を行ったのですが、その時、耳裏の治療点がよく効いたのです。その高校生は、途中から自主的に座るほどになりました。今回のCさんも、耳裏がよく効き6本の置鍼で終了となり、あとは、足に見つけた治療点にお灸をしながらの雑談となったのです・・・

「私が小学生の頃、食あたりで母親にお灸をしてもらったことがある。あれは、足指に墨塗って足ウラにあとつけして・・・・あれ、よう効いた!」

「それって、*裏内庭(うらないてい)というツボです。お母さん、すごい!よくご存知だったですね・・・・山本一力さんの時代小説「たすけ鍼」で、食中毒の患者さんを、裏内庭のツボにお灸して治す話があるんです・・・・小説では、知っていたのですが、実話を聞くのは初めてです。」

Cさんと山本一力さんのご出身は、高知県。高知県では、食あたりが多かったのでしょうか?裏内庭が一般生活に浸透していたのでしょうか?今度、高知県出身の患者さんが来られたら、やんわりと伺ってみましょう!

*解毒(食中毒・食あたり・アレルギー)のツボ(インターネットからのコピペ)

足の裏に裏内庭(うらないてい)というツボがあります。第2趾の真ん中に墨(マジック)で印をつけて、趾(あしのゆび)を折り曲げると、印が足の指の付け根につきます。そこが裏内庭です。ここに左右とも熱さを感じるまでお灸を据え続けると、すぐに吐き気が治まります。食中毒のときなどは、初めは全く熱さを感じないことが多いです。

実際に私も食あたりを起こしたときにやってみたら速攻で治りました。妻や私の母親が食あたりを起こした時も私が治しました。

要するに解毒のツボなので、アトピーなどアレルギー疾患にも使われます。病院の閉まっている夜間に食あたりを起こしたときは知っておくととても便利なツボです。

指先センサー

現在は、患者さんに直接触れないで、中指の第一関節から指先の指紋が渦巻くところをセンサーのようにして、治療点を見つけています。この利点を掲げます。

①感覚を研ぎ澄ますため、患者さんの反応に対して非常に敏感になり、かつ集中力が増す。

②以前の目測し親指の爪先で圧痛点を探すというスタイルの中間に、指先センサーで治療点を詮索するため、より正確性を増す。

③患者さん自身、センサー詮索を受ける間、感覚を集中するようになる。

これらの結果、治療効果が上がるような気がするのです。もう少しこの方法を継続し、私なりの治療法を確立していきたいと思います。

今回は、膝から

 

以前ご紹介した足の指が勝手に動く80才代の女性患者Aさんの続報です。先週、右手人差し指に軽く私が右中指を触れていると、勝手にAさんの右足(手ではありません)の親指と人差し指が動き始め、ついには膝まで動いて、カラダは良くなりました。その後、1週間は今まで痛かった足の人差し指に痛みが出なかったそうです。

そのかわり、今回は右足全ての指先にシビレがあるそうです。特に中指に強いシビレを感じる時があるそうです。そこで、頭に置鍼した後、今回は右手(右足ではありません)中指に軽く私の中指先を置くことにしました。

「先生、今日は膝から動く・・・・チョット早いな~、今回は。」

「あらら、ホント!結構揺れますね。」

「先生、足先は宙に浮いて、前回より動きが大きいね!」

「ホント、良く動いてる・・・・勝手に動いて、カラダは良くなろうとしているんです。」

「不思議やね~」

などと話しているうちに、

「先生、だんだん落ち着いてきたみたい・・・・」

「ホントだ・・・・そしたら、指を離しますね。」

その間、約7~8分。Aさんの右足指先のシビレはなくなりました。どうやら、Aさんには、この治療法が合っているようです。

早朝、興居島行きのフェリーに乗るため、高浜港に着くといつも以上に乗車客が多く桟橋に集まっています。

「?・・・」

と、思っていると、

「どちらに行かれます?・・・中島行きなら欠航です。」

「えっ・・・・あの・・・由良行きです。一体何があったんですか?」

「これ見てください、霧。中島の方は、もっと濃い霧なんで、フェリーが出れんのです。」

やっと状況が分かってきました。桟橋に人が多いのは、中島にいくはずの人達が、欠航フェリーのため、立ち往生していたのです。

「昨日の大雨で水気が多なった上で、無風状態。すると、霧で見えんようになるんです。ここで、風が吹くと直ぐに晴れるんじゃけど・・・・ひどい時には、あそこに見える建物があるでしょう?あれも、見えんようになります。」

「はああああ~、こういうこともあるんですね!」

山育ちの私にとって、海の霧を見るは初めて神秘的で、数ヶ月前に見た映画「ゴジラマイナス1」を想像させて、遠くから来るフェリーの後からゴジラがやって来る気がしたのです。

さて、今日もこれからひと頑張りです!

これからです!

から

私が治療家になる前、様々なことをしていました。ヴィデオアート創始者ナムジュンパイクさんのアシスタント、舞踏家・石井満隆氏のワークショップ、保育園の体操のお兄さん、保育園の美術の先生、森ビルの駐車場係、道路工事の旗振り、アメリカでは、イタリアンレストランの皿洗い等・・・・結局、それらが今の治療に役だっています。

特に、鍼を刺す姿勢・・・・石井満隆氏のワークショップが生きていることがよく分かります。また、高校から始めた野球を大学でもやったことが、今に生きています。まさか、大学野球部の後輩が、愛媛県で10名以上もいるとは思いもしませんでした。

今やっと、治療家としての人生を歩む道だったと、感じています。もっともっと、クリエイティブな治療家として、歩みます。