御神木ウラジロガシの樹洞(ほら)エネルギー

御神木・ウラジロガシの樹洞(うろ)エネルギー

私が小学校5年生までは、茅葺きの社務所(我が家は、神社のため)で生活していました。

物心ついた頃は、確か7~8人の三世代家族で、ラジオを聴きながら夕食をしていました。

台所は土間で中央部には、おくどさん。山水を引いた流しと、その横には井戸がありました。

風呂は五右衛門風呂。下駄履きのまま、はだかで外に出て薪を一本焚(く)べてから、飛び込みます。

かなり、ワイルドな生活です。そのころ最高の遊びが、「ウラジロガシ探検」。

樹齢数百年のカシの樹には大きな樹洞(うろ)があり、樹のてっぺんまで上れます。

友達数人と、ワクワクしながら何度も何度も上るのです。

この時の原体験が、今に続いているようです。クスノキのイボイボ、樹洞(うろ)に触れると、あの当時の感触がよみがえってきます。そして、どこかで安心しているようです。

御神木のウラジロガシから頂いたエネルギーを、患者さんに治療を通してお返しいたいと思います。

ゴジラの快進撃

身長180cm以上、体重80kg以上の50才代の男性Aさん。

右手首と左の踵(かかと)それに、腰痛。

どこから始めよう?

そうです、いつもの様に腹診から始めます。

おへその周りを軽く押して、「一番痛いところの経絡の要穴(大切なツボ)に鍼」が定番なのですが、今回は、ゴジラとゴジラ足(クスノキのイボイボ積み木)を、ベットに置き、その上にAさんのふくらはぎ。

「チョット痛いけど、効いてる感じです~~」

『うん~~、これは、効いたかも?』と、内心ニヤリ。

硬かったお腹を押してみました。

「アレッ、柔らかい!不思議‼️」

思わずAさんが叫びました。私もこれには、ビックリ‼️

ついでに、足を揺すってみました。

「効きますね~~」

これに気を良くした私は、引き出しにしまっている「ゴジラ様チョット大きい積み木」を次々出してベットは、ゴジラだらけ。お腹の上には、ゴジラの2段重ね。

「重くないですか?」

「ぜんぜん大丈夫です、効いてます。」

これを機に、Aさんの体重をお借りして、効きそうな箇所にゴジラ大作戦。

「効く~~」

揺すったり、押したりもう何でもあり。

その結果、Aさん、

「クスノキは効きますね~~」

ニコニコ顔で帰られました*\(^o^)/*

積み木療法続報の続報

操体法の創始者、橋本敬三先生は、夏でも火鉢に鉄瓶を置き、お湯を沸かしておられたそうです。今年8月に仙台で行われた今昭宏先生、丸住和夫先生の懐古談でもよく話題となっていました。

火鉢には、木火土金水全てが存在し、宇宙の相似形が現れている・・・などと書くと、大げさですが・・・

確かに、木=炭、火=火、土=灰、金=鉄瓶、水=お湯があり、空間の中心となり、人々を引きつけるパワーを感じます。

それでは、治療手段に木火土金水を使うことは、可能でしょうか?

今回、クスノキによる積み木療法を行う事で、この五行(木火土金水)が揃いました。

木=クスノキ

火=お灸

土=アメジスト(紫水晶)のマット

金=鍼(はり)

水=氷水

最近の治療は、これらを併用し効果をあげています。

積み木療法続報

積み木療法続報

60才代の女性Bさん。2ヶ月ほど前、右O脚をややX脚にする手術を受け、先日来院。

右脛骨を切り、脛骨の角度を変える手術。

私は、整形手術に関する知識を持ち合わせていないので、これ以上のことは発言出来ませんが、手術そのものが大怪我です。

カラダのあちこちが反応します。2ヶ月経っても右脚は、やや紫色(特に、冷え込む時)。そして、右股関節に痛みがあります。

私の施術では、腹診を最初にします。

おへその周辺の圧痛点を見つけ、経絡の流れの滞りを探ります。Bさんは、肺経と腎経に滞りを感じるため、二の腕の下へクスノキの瘤(こぶ)を置き、気持ちいいポジションを取ってもらいます。

次に、親指と人差し指が伸びるようにクスノキの瘤を持っていただきます。

すると、肺経に相当するお腹の部分が、緩んでいます。

同様に腎経も緩みました。どうやら、クスノキパワーは本物のようです。Bさんの施術は冷えた足にお灸をたくさんすえて、終了。とにかく、大怪我のあとですから、無理せず徐々に回復をまちます。

半信半疑で始めた積み木療法。

改めて、自分自身に行ってみます。仰向けになって、腹診。脾経が滞っているので、クスノキの瘤の上にふくらはぎを置いて、ゆっくりします。

すると、ゲップが出る、出る・・・・やはり、お腹が緩みます。どうやら、私の治療に、木火土金水の東洋医学の素朴な形が見えてきました。次回、説明いたします。

積み木療法、実況中継。

以前にも報告した60才男性の積み木療法

スキーの時期になったため、体調を整えることに励むAさん。

ご自身のカラダから生じる感覚を、言語化することに長けています。今日は、クスノキの瘤(こぶ)に触れたり、木の重みに委ねたり、カラダの重みに委ねたり・・・

その都度、発する言葉を書きためてみました。

「私は、大きな木が好きだから、クスノキのご神木に抱きついたりするんだけど、こんなに瘤(こぶ)の重さ感じたり、触れたりしたことはないな~~」

「クスノキって、硬くなく、柔らかくもなく、重くもなく、軽くもなく・・・そして、この臭いがいいんだよね~」

「瘤(こぶ)のイボがいいんだよね~・・胃腸が動く。お腹が空いてきた!」

私は、Aさんの動きを見ながら、適当にクスノキの木っ端をベットに置いたり、Aさんのカラダに置いたり・・・適材適所に置かれると、思わぬ効果が生まれます。

仰向けのまま、股関節をカエルのように開脚しているところへ、やや重みのある木っ端を置きます。

「重みに任せると、じわ~と股関節が広がっていく。今度は、腸が広がり出した~~。自分で勝手に求めているから、無理がない。」

「呼吸するたび、目のウラの温度が上がっていく感じ。」

「この状態は、鍼をやった時に近い。眠っているのか、起きているのか・・・酒を飲まないのに、酔ってる感じ。」

枕の代わりに、クスノキの瘤(こぶ)を使うと、

「たまんね~~、首にくる。触ってる接点のところに・・・右足が開放されて、軽い。」

施術が終わり、着替えている時、

「先生、これって、結果的に調整されるんですね。イスにすわらなくても、ズボンがはけるもん。」

「先生、この顔見て、目の周りポッポッと赤ら顔でしょ?」

確かに、Aさんはお酒を飲んだように目の周りがピンク色でした*\(^o^)/*

次回は、どんな実況中継をしてくれるのか、今から楽しみです。

40年前、木霊療法と呼ばれた積み木(その5)

40年前、木霊療法と呼ばれた積み木(その5)

その当時、患者さんと医者やカウンセラーは、言葉によるコミュニケーションと、薬物治療がメインでした。もちろん、それにより退院でき、社会復帰出来る患者さんも数多くいました。

残念ながら私はそれらの手段を使う事が出来ません。

その為、院長は、私が好きなことをやる事で患者さんに刺激を与えることを、望んでいました。

当時、舞踏ダンサー石井満隆氏から、太極拳を習っていたので、「朝の体操」という時間割を提案しました。

その結果、職員会議が始まる1時間前に太極拳を含めた体操を週3回行う事になったのです。

この「朝の体操」は、回復期の患者さんにとって、一つの目標になっていた様に思います。

病院の敷地内に、20畳くらいの簡素な床張りのレクリエーションルームがありました。

そこが、私の活動の場となったのです。

喜太郎のシンセサイザーを使った「シルクロード」のテーマを流しながら、ワイワイとおしゃべり。

当時の患者さんの笑顔や笑いが思い出されます。

そんな時、ある一冊の本に出会いました。それが、橋本敬三著「からだの設計にミスはない」

-柏樹社- でした。                            (つづく)

40年前、木霊療法と呼ばれた積み木(その4)

40年前、木霊療法と呼ばれた積み木(その4)

女医さんが、顔を近づけて絵を覗きこむので、うっとうしいと感じながらも、ドンドン色を塗っていきました。

『アレ?、この人オレの事、患者さんだと思ってる!』

と感じるのに、少し時間がかかりました。

『まあ~~いいか、患者さんに成り切ろう!』と、普段通りに塗る私・・・もっとも、一番変な格好をしているのが私・・・誰だって、正真正銘の患者さんだと思います。

途中からは、女医さんを無視して2人で夢中になって塗っていきました。

その時の会話が、楽しかったのです。

「この靴もう少しピンク色が欲しいなあ~」

「そうやな~~」

「私なあ~、チェッカーズのフミヤが好きなねん!」

「フミヤのセンスは、抜群やねん!」

「へ~~!」

まあ~、たわいもない話です。いつの間にか、女医さんもいなくなり何となく色塗りが収まり始めた頃、

「もう、ええんちゃう?」

という彼女の一声で終了。

その日の症例検討のミーティングでは、職員全員と見学に来られた先生方が集合します。私も、変な格好をしていますが、職員なので参加します。とは言っても、端っこで先生方の意見を拝聴するだけです。そのため全員が集まったころ、最後にコッソリと、ナースステーションに入ります。

ドアを開けると、真っ先に目に入ったのは、あの女医さん。ドアと向かいのコーナーに立っておられました。目と目が合った瞬間、女医さんは一瞬目を疑う表情をするも、直ぐに全てを理解されたようでした。

『すみません、別にだますつもりではありませんでした・・・』とポツリ。  (つづく)

40年前、木霊療法と呼ばれた積み木(その3)

40年前、木霊療法と呼ばれた積み木(その3)

『何描いてるって言われても、色塗って楽しんでるだけなのに・・・』

積み木を積み上げている時もそうですが、特別な事を表現しようと思っている訳ではありません。楽しいからやっているのです。その結果、不思議なパワーを感じる作品が生まれる時があります。

表現の一つとして、このような方法もありだと思っています。また、芸術活動を治療として捉える場合、行為そのものを治療とみなし楽しみながら、閉ざされた自己を少しずつ開放していく事は、大切な事と考えます。

話は少しそれますが、20年近く前、知的障害者の施設で、絵画指導を数年したことがあります。10名くらい集めて、ワイワイ楽しくやるのですが、私は素材を提供するだけ。

後は、それぞれ好き勝手に描いたり、貼り付けたり。

集団生活していると、しっかりした規則があります。その規則の中で、自由に楽しめる時間と空間を無理なく提供することが仕事であると考えていました。

結果、凄い作品が湯水のごとく生まれました。生命の根源に触れた気がしたのです。

これらの作品に触れると、ただ「参った・・・ごめんなさい」と頭を垂れるだけでした。

おっと、話がそれ過ぎました。

スーツ姿の女医さんの見ているところで、私達は色塗り。

「別に、何を描いているって訳でも・・・・ただ、色塗って遊んでいます。」

「そうですか。」

「ハイそうです~~、楽しいで~~す。」

このような会話が、続いたように思います。                (つづく)

40年前、木霊療法と呼ばれた積み木(その2)

40年前、木霊療法と呼ばれた積み木(その2)

よくよく考えると、40年前に積み木活動を始め、木霊療法と呼ばれたのは、その6~7年後になります。失礼致しましたm(_ _)m

さて、精神科病院で、一日中積み木をする訳にもいけません。かといって、医者でもない私が、白衣を着て患者さんと接する訳にもいきません。

それならば・・当時尊敬していた石井満隆さん(舞踏ダンサー)になりきることにしたのです。茶色のネット帽に黒いテルテル坊主の様な服という、ケッタイなおっさんスタイル。

そして、二階にある踊り場に机とイスを置いて、スケッチブックにクレヨンで絵を描く事から始めました。

この病院は、開放病棟で多くの患者さんが生活しています。絵やデザインに興味ある若い娘は、すぐさま、

「オッチャン、何してんの?」

「あんな~~、絵描いてんねん!」

出身が愛媛の私、関西弁はまあまあ出来ます。そして、好き勝手に色を塗っているだけのスケッチブック。誰でも、参加出来ます。

「私もやるわ~~」

20才前後の色白ややポッチャリの可愛い娘が、クレヨンを持ち、描き初めました。

「オッチャン、これ靴に見えるなあ⁉️」

「あ~、そういえば、そうやね~」

もうこうなると、彼女に任せて、ドンドン描いてもらいます。

その時でした。

「これ何描いているの?」

グレーのスーツ姿で、いかにもお医者様という出で立ちの女性が、覗きこんで来ました。

          (つづく)

                          

                          

クスノキ枝折り相撲(すもう)

クスノキ枝折り相撲(すもう)

からかい、しらい滝かけて、クスの梢(こずえ) に雲が湧く

私の母校、東谷小学校校歌の出だしです。

からかいと言うのは、唐岬(からかい)の滝。しらいというのは、白猪(しらい)の滝。

正岡子規、夏目漱石が吟行された滝です。立派な滝を遥かに望み、4本の大きなクスノキが

枝を張り巡らせ、入道雲がにょきにょきと湧く・・・

クスノキの周りには、様々な形の枝が落ちており、それらが、最高の遊び道具でした。

授業中、ポケットに入っている枝を触っては、ニコニコしていました。

休み時間の「枝折り相撲(すもう)」の勝利を想像していたのです。

もしかしたら、クスノキのエネルギーを貰っていたのかもしれません。

授業が終わるとクスノキの影下で「枝折り相撲」。

2人が面頭向かい、クスの枝を十字に交差して、相手の枝を折っこするのです。

太い枝が、必ず勝つとは限りません。細くても粘りのある枝が、

「パキッ!」

っと、真っ二つに太い枝を折ることがありました。

この快感がたまらず、ひたすら細めで丈夫そうな枝を探し求めるのです。

たとえ最高の枝を見つけても、十字に組んだ後の重心移動と、そのタイミングが悪いと負けてしまいます。

子供は子供なりに、重心移動と重心安定の法則を体感し体得していたようです。

クスノキの恩恵に感謝。