学会発表

本日、11月19日(日)第11回YNSA学会全国大会があり、私はトップバッターで「上腕診に替わる膝の診断方法」を発表しました。全国大会(東京開催)に参加したことがないので、心配。今回はリモートで発表のため、スーツ姿だけはお見せして「あじさいの杜鍼灸院」で、参加しました。事前に動画を作ってもらいそれを学会に送った結果、採用されました。会場では、その動画がいきなり放映されました。私が、喋り膝診をしている様子を、リモートの画面で見るというちょっとだけ変な時間が、12分続きました。

その後、会場からの質問がありました・・・・というか、膝診の診断点の絵を描いていますか?というものです。「いいえ、描いていません・・・・そのうち、描きます、ハイ。」その後は、質問がなかったので、司会の先生から、

「膝診の後、上腕診(本来の診断方法)で確認しましたか?」

「いいえ、していません・・・しないといけないですね・・・・今後、諸先生方のご指導を仰ぎたいと思います。よろしくお願いします。」

ということで終了しました。めでたしめでたし!

10秒の骨盤調整

30才代の男性患者Bさん、立ち仕事で10時間近く働いておられます。最近は、履きやすい靴に替えたため、かなり脚の疲れが少なくなったそうです。それでも、全身の疲れがあります。畳部屋に仰向けになってもらうと、右脚が1.5cm縮んでいます。そして、右フトモモ(大腿部)の尖(とんが)りが、やけに気になります。こういう時は、気になった個所に指がいくものです。

「痛っっっっった!」

Bさんの右フトモモが、無意識の動きをしながらカラダをクネクネ。おおよそ、10秒程の治療ですが・・・・

「ほら・・・左右差が無くなったでしょ?」

「・・・・凄い!」

この治療法を圧痛操法といいます。鍼灸師になる以前は、この操法で骨盤調整をしていたのですが最近は、あまりやっていませんでした。やってみるものです、すっかり信用されたようです。その後は7本の置鍼で自律神経と内臓を整え、ベッドで仰向けになってもらいます。お疲れの患者さんには、足指もみが一番です。20分ゆっくりと施術するとBさんのカラダがユルユル・・・仕事疲れがすっかり取れたように感じました。これらの施術は操体法ですが、今後とも少しずつ融合していこうと思います。

ワイワイ

毎週木曜日、音楽バンドのメンバーが集まって練習をします。12月22日のコンサートに向けて、クリスマスソング、オリジナルソングや新たな挑戦として、イヴモンタンで有名な「枯葉」などの曲をワイワイ楽しく演奏しています。

その後は、近くにある「河庄」という料理屋で飲み会となります。この「河庄」では、新鮮な魚料理を安く、美味しく、たっぷり食べることが出来ます。酒好きの私とカッパちゃんは、決まって「得々セット」を注文します。これは、生ビール大ジョッキ3杯、煮魚(鯛の頭)、エビや野菜の天ぷら、揚げ豆腐、プラス2皿で2400円!今日は、昼に蕎麦を食べたので、普段1日1食の私の胃には、入りきれませんでした。

そこでの会話は、博識のカッパちゃんが中心となって、政治、経済、文化のあらゆる分野にまたがってワイワイ。ありがたい時間です。ワイワイ万歳❣️

1日1食の生活をし始めて、1年くらいは経ったと思います。おかげで8kgくらい体重が減って、ヨガ行者のような体型になってきました。この体型での動きはいたって軽いのです。先日の「のボール野球」でも無理のない動きが出来たように思います。さて、今年は柿が豊作なのでしょうか?患者さんから美味しい柿を沢山いただいています。1日1食でも、果物だけは時々食べることは、あったのですが、こんなに沢山の柿が一度に手に入ると、ついつい食べてしまいます。

夕方になって空腹感がないのは、私にとって普通ではありません。気持ちが悪くなります。食べ過ぎはよくないのが分かります。

今年は、熊が里に下りて来て人を襲う出来事が各地で起こっています。私が京都の山奥の美山町に住んでいるころ、熊に直接出会うことはありませでしたが、熊の目撃情報は頻回にありました。ある日、朝起きて庭の柿の木を見た時です。

「・・・・うん?今まであんなにあった柿がない!・・・どしたん?」

よくよく柿の木を見ると、引っ掻きキズが目のやや上にあります。熊が上った跡です。そして、横に小屋があり、その板間には、

「あれ?足跡🐾が・・・・しかも、親子の足跡!」

一夜にして鈴鳴りの柿を、親子熊に食べられました。冬眠前の熊は、食い溜めをするようです。熊との遭遇がなかっただけでも、幸いと思うようにしたのを覚えています。

その昔、里山には、屋根の葺き替え用の茅場があり、そこが明るいので熊や鹿は里山に下りてくることはなかったのですが、茅場に杉の植林をしたため、熊が身を隠す場所になってしまいました。

また、杉が多くなった山には、ドングリが無くなり、益々熊が里山に下りて来ている・・・何とかならないのかな・・・

久しぶりの大学生

久しぶりに大学生の初診男性患者が来院。Aさんとしましょう。半年前から腰痛で悩んでいます。Aさんはスポーツ部に所属しているので、早く腰痛を治したいという気持ちが伝わってきます。まず、畳部屋で仰向けになってもらいます。予想通り、右脚が2cm程短くなっています。ここで、予想通りと言ったのは、小腸の根元、「腸管膜根」が腰椎1番の左側から仙骨の右端まで斜めに走っています。それが、ストレスで縮むと、右骨盤が上がってしまうのです。

Aさんの仰向け姿を見ると、右胸部が盛り上がっています。そこを押圧すると、顔を歪めて痛がります。数秒それを続けて、ゆっくりしてもらいます。すると、2cmあった左右差が無くなりました。施術前に押すと痛かったソケイ部の痛みも無くなっています。これで、Aさんも私の治療を信用してくれたようです。

あとは、脳、脊柱の状態を把握する膝診を行い、頭にある治療点に置鍼していくだけです。

「どうですか?」

「うふふ・・・・不思議ですね・・・人のカラダって。腰の痛みが無くなっています。」

「そうでしょう?・・・面白いでしょう!・・・後で、その理論をお教えしますね。」

と、7本の置鍼で、来院した時の痛みが10だとし、全く痛みがないのが0としたら、10→1くらいになりました。よく聞くとAさんは、工学部。筋膜の構造とツボ(治療点)の流れがほぼ同じであることに興味深々でした・・・・私なりに、理論を説明し納得していただきました。来週にもう一度来ていただき、完治となる予定です。

のボール野球交流戦

ベースボールを野球と訳したのは・・・・正岡子規では、ありません。中馬庚(かなえ)氏です。中馬氏が校長として務めたのが徳島県の脇町高校。この脇町高校とは、日本野球の原型「のボール野球」の交流戦を1年に1度行っています。今日がその日でした。

私は、キャッチャーとセカンドの守備で出ずっぱり。さすがに疲れました。ゲッツーを2回取ったのですが、見事なトンネルエラーをしてしまいました(その後、ゲッツーを取る自作自演)。

バッテイングは、さっぱり・・・・ボテボテのゴロ2本。それでも、打撃のいい我がチームが2対1で勝ちました。来年は、脇町チームを母校に招いての試合となります。今度こそ、1本ヒットを打ちます。

ヨッシャーありがとう❣️

昨日は、あじさいクラブのメンバー6名が当鍼灸院に集まり、音楽練習をしました。何と、イヴモンタンの歌で有名な「枯葉」をフランス語で歌い(カッパちゃんが)、演奏するのです。ところが、ベースギターの私、全く歌についていけず、ベースを刻むことが出来ません。

それまでは、譜面の歌詞が英語なので、ついていけないと思っていたのですが、カッパちゃんがフランス語に訳した譜面を作ってくれ、それを貼り付けて・・・・・も、弾けません。嘆いていると、リーダーのヨッシャーが、リードギターの手を休めて、私の譜面に付き合ってくれました。

ヨッシャーが、私の演奏している個所を指でなっぞってくれと・・・・・あら不思議?スムーズに演奏できるではありませか!しかも、私の間違っていた個所が、判明出来たのです。それからは、まあまあ普通に近い演奏が出来るようになりました。あとは、私が練習するだけです。ヨッシャー、本当にありがとうございました😊😭

写真は、初心者🔰の私が、皆んなについていくための苦肉の策、色塗り譜面です。これだと色を見て指がスムーズに運べるのです!

井穴刺絡療法

患者さんから、様々な情報をいただきます。ある患者さんの娘さんは、アトピー性皮膚炎で悩んでおられたそうです。それを、たった一度の治療で治した鍼灸師がおられたそうです。それは、指先から血を取る井穴刺絡療法だったようです。この治療後、2~3日経ってアトピー性皮膚炎が消えていったそうです。

同じ鍼灸師として、このような治療ができるなら、やってみたいと思います。そこで井穴刺絡療法について調べると、私の中に大いなる偏見があったことが分かりました。まず、医師以外が血液を取ってはいけないという偏見です。下記が、日本刺絡学会が出来るいきさつです。

『昭和62年(1987年)栃木県鍼灸師会会長(当時)宅に「三稜鍼による瀉血治療は、医師法違反」として家宅捜査が行われた事件がきっかけとなり、「日本刺絡学会」の前身である「全国刺絡問題懇話会」(準備会)が結成されました。

「刺絡についての全国的な話し合い組織を作って、刺絡に関係のある諸問題を検討する必要がある」という当時の理念は現在も変わっておりません。刺絡の法的問題、学術の啓蒙、教育、普及等の必要性から、刺絡学術のセンター的役割を担う全国的な懇話会にしようという事で、機関誌『刺絡』を発行し、「全国刺絡問題懇話会」を発足いたしました。平成6年(1994年)には現在の「日本刺絡学会」と名称を変更し、『刺絡鍼法マニュアル』を作成。このマニュアルを使用し、全国3会場で基礎講習会を実施し、安心安全な刺絡の普及に励んでまいります。』

益々、興味を持ってきました。

黄金期の西武ライオンズ

昨日の日本シリーズでは、阪神タイガースがオリックスバッファローズを下し、日本一となりました。そこで、40年ほど前、黄金期の西武ライオンズが日本一になった強さの秘密をご紹介します。これは、森下敬一先生の著書「血液をきれいににして病気を防ぐ、治す」の一節にあります。

『かつて西武ライオンズは、プロ野球界で最強を誇った時期があり、1982年と83年は広岡監督のもとで日本シリーズを2連覇しています。その原動力となったのが玄米菜食でした。

それまで、スポーツ選手の多くは、「肉を食べなければ力が出せない」と信じ込んでいました。しかし、革新的で合理的な考え方だった広岡監督は、私を招いて、82年シーズン前に選手やその奥様方、球団関係者の方々に自然食を提案する講演を聞かせています。前述の工藤氏は、まさにこの年にプロ入りして、当時の広岡監督と出会ったのです。

西武ライオンズでは以降、玄米を主食に野菜や魚介類を副食として、肉は控え、タンパク質の摂取は、豆類、豆腐、豆乳、魚などにすると言う食事を、合宿所と選手の家庭で徹底させたのです。その結果、風邪でダウンする選手が減り、故障者は12球団の中で最も少なくなって、チームの連覇に貢献することができました。

その後、実は工藤氏は、遊びたい盛りの一時期、生活が乱れて、内臓を壊してしまったことがあるそうです。引退も考えましたが、広岡監督の教えを思い出して、生活を改め、玄米食と菜食中心の食生活を続けました。その結果、復活を遂げ、以降長く活躍できたといいます。玄米食を継続すれば、運動選手としての寿命が長持ちする証明かもしれません。』

とあります。この本を読んだ患者さんは、今日から早速、玄米を食べようと意気込んでおられました。興味ある方は、やってみてはいかがでしょうか?

J、Kソマトトープ

半年ほど前から、1~2週間に1度のペースで来院される70才代の男性患者Aさん。2年前に脊柱管狭窄の手術を行い、両下肢に痺れが残っていましたが、両大腿部の痺れはなくなりました。痺れはふくらはぎ(腓腹筋)と向こう脛(前脛骨筋)に絞られてきました。施術のたびに、痺れが少なくなってきましたが、まだ残っています。今回は、JソマトトープとKソマトトープにしっかり刺鍼することを心がけました。

「Aさん、どうですか?」

「・・・・・効いとる・・・何か、脈を打つような感じで、痺れがなくなりよる。すーっと消える感じでは、ないんよ。」

「へ~、そうなんじゃ!面白いなあ。」

「今のは、こっち(腓腹筋)に効いたけん、前(腓腹筋)の痺れが気になる。」

「分かった、前を狙おうわい・・・・・今度は、どう?」

「うん、効いとる。」

「そうじゃろう・・・鍼は効くんよ!」

と、改めて頭頂部にあるJソマトトープ、Kソマトトープの威力を思い知ったのです。その後は、足に見つけた治療点に軽く中指を添えるだけの操法。

「OKグーグル、タイマー3分お願いします。」

「はい3分ですね、ではスタート!」

を合計4回して終了となりました。この操法は、Aさんには向いているようで、効果抜群です!来年の4月に痺れの検診があるそうなので、それまでには治そうと頑張っているのです。