「もしもし、◯◯ですけど・・・・分かります?」
「・・・・ヤイトの◯◯さん?」
「そうです。」
1年に1回お灸を据(す)えにくる◯◯さん、70才代の男性患者Dさんとお呼びします。Dさんは、一昔前のカラダと生活習慣をお持ちです。一昔前とは、私の祖父、祖母の時代。両親が共働きだった私は、小学校から帰ると、明治生まれの祖父祖母に面倒をみてもらっていました。そのため、私は明治時代の面影を感じて生活していました。その一つがヤイト。夜になると、近所の方とやいとを据(す)え合うことをしていました。
『ばあちゃんの綺麗な肌に、なんでヤイトの跡をつけるんじゃろ?』
と、思いながら見つめる不思議な光景と「悪いことしたら、ヤイトをすえるぞな。」が口癖の祖母の言葉が重なって「ヤイトは怖い」が私の中では、定着していました。そのイメージがすっかり消え去ったのは、鍼灸師S先生との出会いなのですが、この話は、また別の機会に・・・・
さてDさん。来院されるや否や、服を脱ぎ出し、
「先生、例の3カ所にお願いします。今度は、質の悪いモグサがあろう?あれにしてくれん?ええモグサは、上品で温度が上がらんでね・・・・」
「よう知っとるね~、質の悪い方が熱いんよ・・・それで、かまん?・・・うん、それでしょうわい。」
ということでDさんには、質の悪いモグサで昔ながらのヤイトをする事になりました。胸椎2番、3番、4番の椎間に1cm程のヤイト跡がしっかりあります。私はその中央部に米粒大の大きさのモグサを置き、皮膚が火傷(やけど)するまで、焼き切ります。これを1カ所につき50壮するように注文されました。今回も、Dさんに指し図され、私がその通り行うという関係になります。
「3番目のやいとが、弱いな・・・ちょっとヅラしてみてや・・・・あ~、そこじゃ、そこじゃったら効かあい。」
「確かに、前回より周辺の皮膚の色が違わい・・・ピンクというより、紫に近い赤じゃわい。」
「もうちょっと、モグサを堅めにしてくれんかな~・・・・ワシがおふくろにやって貰いよった時、ワシが、堅いモグサをひねっておふくろに渡して、おふくろが火をつけてしよったんよ。」
私は、堅いモグサをひねる事などしたことが無かったのですが、Dさんの注文通りしっかり堅めます。
「丁度、ええわい・・・・これぐらいが、一番ええ。」
この熱さで50壮。敢えてヤケドで膿みをつくり、免疫力を上げる荒療法ですが、Dさんとの会話に昔ながらの優しさを感じ、四国の田舎にもっと残すべき文化だと思いました。今度は、Dさんから、モグサの大きさをもう一度、伺ってみようと思います。きっと、もっと大きな小豆大のモグサだったに違いありません。
次回こそ、当時を再現してみます。