相撲話

「最近のお相撲、面白いんですよ。」

「そうなんですか・・・・若貴の時は、よく見てたんですけど・・・・モンゴル横綱が強くなってからは、見なくなってしまいました。」

「今は、誰が優勝するか分からないし、若手ですごいのが出て来ているので面白いですよ。」

と、70才代の女性患者Bさんに、お相撲を勧めたところ、Bさんすっかりハマってしまいました。そのため、先日の治療では相撲話花が咲きました。

「義乃富士、大ノ里もいいけど、やっぱり安青錦かな!」

もう、Bさんしっかりした相撲通です。

「2日目だったかしら・・・・元貴景勝の親方が解説するのが、本当に分かりやすくて・・・頭のいい方ですよね。毎日解説してほしい。」

「ホントに頭がいいですね。押し相撲がこんなに奥が深いとは、思いませんでした。この親方と、元琴錦と元嘉風(よしかぜ)が解説し始めると、押し相撲の凄さ魅力がたっぷりと分かります。」

などと、話は佳境に入って・・・・いつの間にか、左下肢の痛みも無くなっていきました。やはり、好きなことを語ることが治療になるようです。

誰かが!

 

夕方、外に出ると、

「あれ?エンドウ豆に竹枝が綺麗に置かれ、ツルが上手くはえそう・・・・」

どなたか(私は、もちろん確信している方はいます)が、エンドウ豆にツルが巻きつきやすいように、竹枝をとても上品に、まるで生花のように立ててくれていました。

寒波襲来で、たなびいていたエンドウ豆のツルを、見るにみかねた結果、Yさんが、設置してくださったのだと思います。

さて、どうやってお礼をしようか?

風邪引きの続き

風邪のため、2日間断食すると色の濃い尿が出ました。これは、断食による血液の浄化です。これで調子に乗って、少し食事をしたのが良くなかった。朝起きて胃に負担がきていました。再び2~3日断食を続けることにします。

断食をすることで、体温が上がり白血球が活発になります。またオートファジー(2016年大隅良典博士がノーベル医学賞、生理学賞で受賞)という細胞が自己浄化する現象が起き、細胞が若返ります。

断食といいましても、私の場合は生姜と黒砂糖を紅茶に入れ3杯くらいは飲みます。ヒマラヤ岩塩をなめ、ワインも飲みます。空腹状態が好きな上、美味しい飲み物を飲むので苦痛でも何でもありません。

後は、ゆっくりカラダを休ませるだけです。

久しぶりの風邪

何年かぶりに風邪をひきました。そこで、昨日は何も食べずホットワインにレモン汁を入れ、ひたすら寝ました。朝、それでも少し寒気があるので、厚着。マスクをしての施術となりました。

今日は、夜の9時までの仕事になるので、仕事終了後、ワインと焼酎のお湯割りを飲んで寝ます。とにかく食べないことが重要なのです。消化器系に血液を送らず、風邪を治す。

「先生、鼻声じゃなあ~、風邪引いたん?」

「そうよ、引いてしもた。」

「ええことじゃ、これで熱出して治したら良うならい。」

と励ましの声をいただきました。ありがたいことです。

それでは、おやすみなさい!

なぜ人のカラダを診るようになった?2

 

人のカラダを診る2

断食から、食べない健康法を体験し、私は大学で彫刻を専攻しました。元々立体作品には自信がなかった私が、彫刻を選んだのは、先生(彫刻家:晝間弘先生)が魅力的だったからです。そして卒業論文では、ヴィジュアルの世界が先行する近未来では、触覚的芸術の重要性が不可欠であると書きました。その思いの行きつくところが、鍼灸であり操体法になると思います。

そのため、患者さんに触れことで、あるいは触れる以前の波動に触れることで患者さんのカラダが訴えていることを知るという行為を芸術と思うようにしています。

まあ~こじつけですけど!

なぜ人のカラダを診るようになったのか?

私が、人のカラダを診る仕事になっていく過程を、書いてみます。

小学生の頃は、外で遊ぶのが大好きで元気な子だったのですが、夕方になると、お腹が痛くなることがありました。そんな時、父親が私の腰背部を指圧して治してくれていたのです。クスリで治すのではなく、指圧を受けて気持ちよく治るという体験をしたのが原体験になりました。

中学生になると、勉強して良い点数を取るのに興味を持ちました。そのためなのか、胃腸の調子が悪く便秘と下痢を繰り返す日々でした。そこで、医師から「甘い物をたべるな!」と指導があり、その後体調が整っていき、結局、25才になるまで一切甘い物を食べませんでした。

この体験で、カラダと食べ物の関係性を身にしみて知りました。そのため、沖正広先生の主催する「沖ヨガ道場」に、20才で体験入門し30才の時、1週間の断食をしました。この期間に肉体労働をしても全く疲れないことに驚き、睡眠時間が4時間程度でも、朝の目覚めがスッキリして爽やかだったことに、驚きました。

この感覚を今なお覚えているので、1日1食が当たり前の生活になっています。人のカラダを診る前に、自分のカラダを整えるここからまず、スタート。  (つづく)

国宝を治療家として観る

「国宝を、鍼灸師としてどう観ました?」

「うん?・・・ちょっと鍼灸師としては観てなかった・・・」

「野口晴哉先生(野口整体の創始者)の弟子が映画を観に行った時、野口先生が整体師としてどのように観たのか?と、質問したそうです。」

と、患者さんから言われました。鋭い質問を受けタジタジとなったのですが、それからしばらく経ち、改めて国宝を鍼灸師としてあるいは、施術者としてどうとらえたのか考えてみました。

国宝の映画で印象に残ったシーンの1つが、田中泯さんの白塗りのゴツゴツした手。本来なら歌舞伎役者の手はあれほどゴツゴツしていません。田中泯さんは女形を演じて声は女性の声になっているのですが、山奥で農作業をしていた手が田中泯さんの生き様をさらしているため、異様な迫力で迫ってきました。

手が生き様を表現していることを改めて思い知ることになりました。施術者は手で触れて患者の状態を探ります。また、頭皮に触れないで患者さんの波動を感じ取るセンサーにもなります。触れるだけで治療をするときもあります。そんな機能的な手は、生き様そのものとなるのです。

国宝を治療家として観ると、田中泯さん演じる女形の手が奇抜、異様な「歌舞伎」そのものであった・・・・と、言うことになるようです。

国宝

昨日は、話題の映画「国宝」を観ました。「歌舞く」とは、常識や慣習から外れた、派手で奇抜な振る舞いをすること。そこが、任侠の世界とも通ずるところがあり、任侠人が歌舞伎役者を贔屓(ひいき)することもあったようですね。主演の吉沢亮さん、横浜流星さん、渡辺謙さんも素晴らしかったのですが、田中泯さんが、重要なポジションで歌舞伎の本質を体現しておられました。

田中泯さんは、私の大学の先輩にあたります。そのため、在学中に大学の真っ白なスタジオで、田中泯さんの泥だらけの裸踊りを観る授業がありました。当時、東洋一の肉体美といわれていたのですが・・・気持ち悪さ、奇抜さだけがココロに残りました。田中泯さんは一人で踊り、山梨県の山奥で井戸を掘り、生活され・・・暗黒舞踏の創始者・土方巽(ひじかたたつみ)さんとの交流後、暗黒舞踏の踊り手となりました。

土方巽さんが亡くなった1年後、ベルリンのクンストラハウスベターニアンという国際的現代美術センターで踊り、評価を得てから、世界各国で踊り暗黒舞踏を世界に広めました。私の友人である梅棹マヤオさんの自宅(京都美山町)でも踊られました。

「ああ、パイクか!あそこの隣りの屋根があるだろう・・・あそこで踊ったよ。」

私が20才代のころ、ニューヨークでナムジュンパイクさんのアシスタントをしていた話になり、田中泯さんからポロッと話しを伺いました。

その田中泯さんが踊る歌舞伎こそが、歌舞伎。最後に吉沢亮さんと横浜流星さんが踊る歌舞伎は、田中泯さんの指導があったのでは・・・・と、一人勝手に想像して嬉しがっています。もう一度観たい映画です。

求道者

患者さんから、様々なお話を伺い刺激をいただいています。大晦日から新年にかけて、武道館でさだまさしコンサートに行かれた!・・・・ものすごい行動力です。そこまでのエネルギーを引きつけるさだまさしさんの人間力、ただただ頭が下がります。

このコンサートでは、立川談春さんと、もうお一方の落語家さんが同時落語をなさったそうです。凄い人の周りには凄い人が集まるのですね。

話変わって、ある患者さんから2025年の大谷翔平特集の雑誌をいただきました。これを待合室兼治療室に置いております。大谷翔平選手は、年々新たな挑戦をしている求道者です。その周辺にはやはり、凄い人々が渦巻いています。

そんな空間になるといいな~~・・・・自分を磨くしかないようです。

昼メシは怖い!

普段は一日一食(夕食のみ)なのですが、先日食事会に参加し、昼食をとることがありました。その帰り道が本当に大変。車の運転中、突然の睡魔!これが三度もあり、「ひやっ」「ひやっ」「ひややっ」。

カラダが「普段しないことをするな!」

と叫んでくれたようです。今後、昼食をせざるを得ない時は、タクシーを使うことにします。取った食事を消化するエネルギー、血液量は相当なものであると体感した次第です。