セキセイインコのキーとボー

実は,10日ほど前から、セキセイインコを飼い始めていたのです。猫のチャルルを3日間預かった時は、となり部屋に移動していました。非常におとなしい2羽は、インコ独特のギャアギャア鳴きをしないので、チャルルは全く気にしていなかったようです。そして、インコに気付かないまま、今日お家に帰りました。

さてセキセイインコですが、2羽とも生後1ヶ月ほどの子供です。そのため、オスかメスか分かりません。オスは鼻が青っぽいなるのですが、どうもなりそうもない。多分2羽ともメスだと思います。穏(おだ)やかな2羽を見ているとペットにぴったり!と思うのです。

ちっちゃなカゴに入れているので、たまに居間で自由に飛んでもらいます。2羽は仲がいいので、カゴより広い空間でも、ハンガーで一緒です❣️

スラバ

最近、慢性的な疾患の方には、後頭部の置鍼をする事が多いので、置鍼後、奥のベッドで休んでもらうことより、待合室のイスに腰掛けていただき休んでもらうことの方が多くなりました。
すると、世間話で花が咲くのです。だいたいは、私が聞き役で患者さんのしゃべってもらいます。(もちろん、マスクをしソーシャルデイスタンスを取って、換気十分)カラダや治療に関する質問の場合は、どんどんお話をしますが、プライベートなことはあまり話しません。

ところが、60才代の男性患者Bさんには、何故か私の青春時代の話をポロッと喋ってしまいました。

「土方巽一周忌として、ベルリンのクンストラハウスベターニアンという美術館で、日本の舞踏家が大集合し、大規模な舞踏フェスティバルがあったんです。」

「舞踏・・・・というと、大野一雄さんとか?」

「ええええ、よくご存知ですね!そうです、大野一雄さん、田中泯(みん)さんらが参加され物凄い評価を受けました。それに天才舞踏家・石井満隆さんが呼ばれて、私はカバン持ちで付いていくことになったんです。」

「先生も踊っていたんですか?」

「・・・・踊ってはいないのですが・・・・当時から積み木をやって子供達と遊んでいたんです。ただ、石井満隆さんのワークショップには常に参加し、カラダを使った表現はしていました・・・・で、石井満隆さんは、ポーランドの国際フェスティバルにも招待されていたのですが、チェルノブイリ原発事故直後だったこともあり、私が急きょ、参加する事になったんです。」

「当時は、東西冷戦でポーランドはソビエト連邦から国家予算を奪われていたので、ポーランド人は、ソビエト連邦を嫌っていました・・・・そんな中、私はフェスティバル期間、ホテルで同室だったのが、インド人の大道芸人とソビエト連邦からのピエロ・・・・スラバだったのです。」

「スラバ??・・・・・しらんけど・・・」

「インターネットで探してみますね・・・・これ、です。」

「・・・・・ねっ、凄いでしょう・・・・このスラバの演技は、神業です。フェスティバルの最後に参加したアーティストの前でその演技を見せてくれましたが、あれほど感動したことはなかったです。そのスラバがボクと話をしたがるんです・・・・なぜかというと、彼の奥さんが日本人だからです。ところが、私はロシア語が全然分からない・・・・その時、インド人の大道芸人がポーランド語がわかるので、通訳してくれたんです!」

「先生、青春してたんですね!」

「・・・・そうですね・・・」
などと、喋っていたのでした・・・・おしまい。

www.youtube.com/watch?v=zgKM8SCR1Vc

チャルル再び登場!2日目

別荘に来た気分のチャルル。相変わらず、戸棚の上がお好みの場所のようです。私が夕食をしながら「鶴瓶の家族に乾杯」を見ていると、チャルルが戸棚から「ドスン!」。

こういう時は、エサを催促しているのかも・・・・ドライのキャットフードをお茶碗に入れてあげました。美味しそうに食べるので、ついでにかつお節、柔らかいキャットフード、塩分控えめ煮干しと立て続けにあげました。これで、少しなついてくれるかも知れません。

確かに、今日はかなり接近してくれています。

食事を終えて(2階が我が家)、1階の治療室に行き、忘れ物を思い出して2階に戻ってみると、チャルルは定位置の戸棚の上に戻っていました。ということは・・・私がいたから、わざわざ降りてくれたのかも知れません。

(写真は、接近中のシャルル)

チャルル再び登場!

友人夫婦の愛猫・チャルルが我が家に再び戻って来ました。前回とは違ってもう慣れたものです。私の顔を見ても、なんの反応もなし。前回から気にいっている戸棚の上で、ゆっくりしています。

もう、寝てしまいました・・・・・良かった良かった!

チャルルは、ここを別荘と思っているようです。私にとっても、可愛いチャルルがしばらく居てくれるので、ありがたい限りです。友人夫婦は今回も寝床、トイレ付きの大きなケージを持ってこられたのですが、チャルルにとっては、戸棚の上が最高の居場所。多分、ケージに入ることはないと思います。

前回のチャルルは、ほとんど戸棚の上で生活していたのですが、今回は、あちこちに移動・・・・おっと、隣の部屋にまで行ってました。チャルルはオス猫なので、慣れた別荘でウロウロしたり、外の世界に興味を示しそうです・・・戸締りだけはしっかりしようと思います。

小指

元横綱・北の富士さんの自由奔放な解説が、大好きです。聞いているだけで楽しくなるのですが、時に真面目な解説をすることもあります。昨日の大一番「朝の山VS照ノ富士」の解説では、

「照ノ富士は、小指でまわしを持ってるね・・・・・そして、最後は腕(かいな)を返している。」

これは「足は親指、手は小指」という重心安定の法則を見事に物語(ものが)っています。

今回は、「小指」について。

写真は照ノ富士が朝の山を寄り切った瞬間です。照ノ富士が左上手(うわてとは、四つに組んで相手の差し手の上から相手のまわしを取ること)で、まわしを浅く取った時、小指でしっかり引きつけると、徐々に相手の体が浮き上がってきます。

そして、下手(したて)の右腕は肘を上げて相手の体が浮くようにしています。これが「腕(かいな)を返す」というワザです。

元横綱・武蔵丸が、「技の神髄」というYouTube で「腕(かいな)を返す 」を分かりやすく説明しています。武蔵丸は26~7才の頃、頸椎を痛め、右手小指に力が入らなかったため、右腕でまわしを持たないで、腕(かいな)を返す相撲に変えたそうです。力士にとって小指が使えないという致命的な欠点を武器に変えたところが凄い。

技のポイントは、「時間をみる」という所作・・・・何?って思います・・・・右手にした時計の時間をみる所作・・・・・右手首を内に回すこと!そして同時に、武蔵丸の場合は、大きなお腹に相手を乗せて運ぶと負けることはなかったそうです。

「足は親指、手は小指、小指がダメなら手首」です。

待合室の本紹介(その5)

今回ご紹介するのは、前回と同じく2004年スペイン・マジョルカ島のジョアン・ミロ美術館で子供達と共に制作、指導した作品です。ミロは、「日本の書」に影響を受け数多くの作品を残しました。子供達にもミロと同じ様な体験をしてもらおうと考えたのです。

制作の前日に、子供達に好きな人の名前を聞き、その当て字を作りました。それを楷書で書きますが、これでは、面白くありません。ミロが楷書のきちっとした書に心を打つことは、なかったと思います。書の持つ黒から白の繊細なグラデーション、空間の間、流れ、力強さ・・・・等々あらゆる要素が吹き込まれ作品として生まれています。

では、私がそれを表現できるか?・・・・出来る訳ありません。ただ、自由に楽しく描けばいいくらいは、伝えることができます。そのため、真っ白な画面は用意しませんでした。画用紙に泥を塗り倒したり、足で踏んづけたり、目をつぶって描いたり・・・・自由にやった後に、好きな人の①楷書②遊び字を数秒見せて、作品として完成してもらいました。

待合室の本紹介(その4)

今回ご紹介するのは、本ではなく私の作品の資料です。先月末に1週間愛媛県立美術館で、14年ぶりに作品展示(インスタレーションという分野の空間提示)を行いました。あまりにも、作品発表の空白時間が長かったため、芸術に関係ない鍼灸師が勝手なことをしたと思われると良くありません。そこで、「こんな事をしていました」というのを遅ればせながら観たい方には、観ていただくように待合室に置いています。

2004年、スペイン・マジョルカ島にあるジョアン・ミロ美術館での記録です。2グループ(1グループ10数名)子供との作品制作を2週間ずつ、1ヶ月行いました。準備に1ヶ月必要なため、2ヶ月滞在の芸術家として招待されました(交通費、滞在費、報酬込み)。

写真は、「空絵」というタイトル。

ジョアン・ミロ美術館の玄関は横に長い空だけが見える開放的な空間。ここにテニスコートで使うネットを2枚貼り付け、子供たちが引き裂いた着物で絵を描く。

これは、思った通りの出来栄えになりました。ミロの陶器制作助手をしていた方から、

「おおおお~、ミロの作品だ!」

と言われたのを、鮮明に覚えています。

脳神経4番

昨日突然の電話で、夜8時30分から治療した60才代の男性患者Aさんから、今日再び電話がありました。

「先生、まだように治っとらんので、今日も診てくれますか?」

「分かりました・・・・そしたら、午後3時に来てください。」

ということで、来院されました。

「先生、今日は仕事も休んで、ゆっくりしたんよ・・・そしたら、だいぶ良うなった。」Aさんは、有能な営業マンなので、少々仕事を休んでも、一気に仕事をして遅れを取り返すのが当たり前になっています。

「先生、左のお尻からフクラハギが痛いんよ。」

「そしたら、操体法を先にしましょうか?」

という事で、操体法で約10分。全体の痛みは無くなり、ポイントの痛みだけになりました。こうなると、鍼の方が効果的です。

「Aさん、どこが痛い?」

「腰のここ(仙骨上部)。」

という事で、左耳の周辺にあるIソマトトープ(小さな人型の投影)の仙骨上部に置鍼。すると仙骨上部の痛みが無くなり、もう少し下の部位が痛くなりました。そこで、その部位に当たる左耳圧痛点に置鍼。すると、腰の痛みが無くなり、痛みが大腿部に移動。こんな感じで後2本置鍼して終了。しばらくして、

「先生、夏場になったら心臓がバクバクして血圧が上がって、仕事が出来んようになるんじゃけど・・・どこかええツボ無いん?」

「あるよ・・・あんね、脳神経の4番・・・・ここは、心臓だけじゃのうて、滑車神経という目ん玉動かす筋肉を支配しとる神経にも効くんよ。」

「先生、それで分かった・・・・最近目にゴミが入っとるゴロゴロした感覚があるんで、目を洗うんじゃけど取れんので、おかしいと思いよったんよ・・・そうじゃ、目がこんな感覚になる時、心臓がバクバクするんじゃ・・・・これで、納得出来た!」

「それにしても、山元先生は、凄いな!・・・・こんな関係まで発見したんじゃけん!」

と2人で感心してしまったのです・・・・おしまい。

ウド

「先生、今日はお土産多いのよ・・・・これと、これ・・・これは、主人が作った生姜の砂糖煮。」

80才代の女性患者Aさんは、週に1回のペースで通院されていますが、最近は体調管理がメインです。そのため、置鍼した後は世間話に花が咲くことが多いのです。そこで、畑の話になりました。Aさんのご主人は、定年退職後は、農作業に従事され20年以上。もうプロの領域です。ご主人から色々教わりたいのですが、「鍼大嫌い」なので・・・無理なのです。

そんな中、Aさんが、

「先生、ウドの話はまだまだ生きていますから・・・ウドの苗差し上げます・・・」

これは、2人で熱く語った「ウド愛」のその後の話・・・・ウドは栽培されていない野生のものが本来のウドであり、その香りこそが、ウド。京都美山町で10数年茅葺き民家で生活し、玄関を出るとウドが、前庭にあるのが当たり前・・・・私は、そんなド田舎生活をしていたのです。前の川には、クレソンとワサビ。裏にはワラビ、表にはミョウガ、花山椒、オオバギボウシ、タラの芽・・・・

ウドを植えるぞ・・・・・

置鍼6本

1年くらい前から、左膝痛の70才代女性患者Aさん。階段の上りでは、手すりをしっかり持って綱引きのようにしないと、上れません。1か月ほど前から週1~2回のペースで来院され、今回が5回目です。1回目の治療で、左膝の痛みが無くなり、順調に回復しています。ただし、左膝痛は完全に良くなったのではなく膝やその周辺に痛みが少し残っています。今日は、左のお尻も痛いそうです。

「今日は、ここ(左太ももの内側)が痛い・・・・」

「・・・そしたら、操体法をしましょうか?」

奥のベッドに移動し、仰向けになってもらいます。ここで約15分間動きと皮膚に触れる操体法。これで、痛みは80%は取れました。Aさんには、1人で行う操体法をしっかり指導。Aさんは毎日やるそうです。そして、これから鍼治療。

合谷診(人差し指と親指の間の触診)左に圧痛点:左側から治療を始めます。

上腕診(肘内側の横紋周辺の触診)

左:頸椎(1)、腰椎(0)、大脳(0)

右:なし

3つの圧痛点で一番痛い左頸椎の診断点(左肘外側)を、しっかり押圧し、オデコ中央部の生え際にある治療点を親指の爪を当て押圧。左頸椎の診断点の痛みがなくなるのを確認して、治療点に置鍼。この1本で、腰椎と大脳の診断点の圧痛もなくなりました。これで、自律神経が整いました。

次に首診で内臓の状態を診ます。

首診

左:腎(0)、膀胱(0)、脾(1)、小腸(0)

右:なし

首診で一番痛い脾診断点を押圧し、左側頭部の脾治療点に1本置鍼。この1本でその他の診断点の圧痛も消えました。

その他、Aさんは目の疾患に対応する鍼3本と、左膝対応に1本。合計6本で終了しました。少しずつですが、本数が少なくなって来始めました。