小田和正コンサート

「OK、グーグル、オフコースの曲お願い!」

と言うと、Google Nest Audioなる機械は、オフコースの曲を流してくれます。80才代の女性患者Aさんは、決まってオフコースを選択します。今日の15:00からAさんの予約が入っていたのですが、NHKで13:00から15:15まで、小田和正(オフコースの中心メンバー)のコンサートのをしていたので、Aさんがきっと見ていると思い、電話をしてみました。

「Aさん、小田和正の番組見ています?」

「はい、見てますよ!」

「そしたら、Aさんの次の患者さんまで時間があるので、コンサートを見終わってから来て下さい。」

ということになりました。Google Nest Audioのおかげで、Aさんの好きな歌手を知ることが出来、Aさんの行動も察知可能となるのは、素敵なサービス提供だと思いました。お陰で、焼き魚、煮魚、じゃがいもの煮付けがたっぷり入ったタッパー、セロリ、紫玉ねぎ、手作りマーマレード、紀州梅干し、焼酎とたくさんの贈りものをいただきました。

今晩は、紀州の梅干しを入れた焼酎のお湯割りがいいようです・・・・Aさん、ありがとうございます😊

友人夫妻の愛猫・チャルルが宿泊

生後7ヶ月のメス猫・モモがいるため、チャルルはお隣の部屋で檻(おり)に入ったまま、宿泊となりました。もう、畳部屋とキッチンはモモのテリトリーなので、チャルルが好きな戸棚の上には行けません。そのため、いつもはふんぞり返って私を見下ろしていたチャルルが、上目遣(うわめづか)いでチラッと、私を見ておとなしくしています。ただ、近寄ってエサや水をあげようとすると、

「チャ~~~」

と激しく威嚇(いかく)します。チャルルにとって、私は上から目線の大男に見えるでしょうから、当然の行為でしょう。本来なら細目にして四つん這い歩きをしながら、チャルルと目を合わさないで、エサをやればいいのかも知れません。

トイレは2つ用意してもらい、用を足したトイレと新しいトイレをゴム手袋をして交換しています。イナバチャルチュールを食べている間の交換なので、非常にスムーズ。イナバチャルチュールの威力は抜群です。

今晩、友人夫妻が引き取りに来られます。チャルルには、それまでもうちょっと我慢してもらいましょう!

おてんばモモ

久しぶりに患者予約なし。

日曜日だし、お休み気分。モモ(最後7ヶ月のメス猫)のお相手をすることにしました。モモは、我が家の空間にはすっかり慣れて、好き勝手やっています。毎日、掃除機をかけないと部屋がボロボロになってしまいます。毎日運動会。モモは、大谷翔平以上の運動神経を遺憾なく発揮しています。しかし、私には慣れていません。私を見ると、忍者のように逃げます。

そこで、イナバチャルチュールのゼリータイプを手のひらにのせて、なめてもらって少しずつ近づく計画。1~2回は付き合ってくれるのですが・・・・すぐ飽きてしまいます。ただ、私を無視しながら部屋を往来するのは、ものすごい変化です。以前は、隠れてばかりしていたのですから。

よく考えてみると、ほとんど治療室にいる私と、接する時間が多くないのですから、モモの行動は理解できます。モモからすると、「私の空間に、何であんたがいるの?・・・トイレをキレイしてくれるし、ご飯もくれるし・・・まあ、いいか。」くらい。

今は、ちくわを見つけて遊び回っています。好きにしてもらっています・・・気長にやります。

水無月

明日から5月になるので、6月のカレンダーを作りました。6月は梅雨が始まるのに「水無月」と呼ばれるのは以前から気になっていたので、調べてみました。すると、whether news という記事に由来を3つ上げていたので、引用します。

『陰暦6月を水無月と呼ぶようになった理由はいくつかあります。

冒頭でも言った通り、6月といえば、毎日のように雨が降る梅雨の季節。

ではなぜ「水無月」となったのでしょう?

実はここで使われる「無」は「無い」という意味ではありません。

連体助詞「の」の意味合いで使われています。

つまり「水の月」ということになります。

陰暦の6月は、今で言うと6月下旬~8月上旬くらいにあたり、田んぼに水を引く時期。

そこから水の月、水無月としたようです。

ちなみに、同じ理由で神無月も神が無い月ではなく、「神の月」となります。

「なんだ、水が無いわけじゃないのか!」と思わせておいてなんですが、実は水がない月だからという説もあるんです。

陰暦の6月は、新暦の6月下旬~8月上旬頃と説明しましたよね。となると…梅雨が明け、ギラギラと太陽が照りつける夏に突入しているわけです。暑さで水が干上がる、すなわち水が無くなるということから「水無月」になったそうです。

水のある、なしからちょっと離れたものも。

この時期は、田植えという大仕事がちょうど終わった頃にあたります。

そこから、すべて終わった→皆やり尽くした→皆仕尽(みなしつき)→みなづき

と変化して「水無月」になったという説もあります。』

いかがでしたか?

ノアザミ

 

一週間前に、友人からもらったアザミが、勢いよく咲き続けています。先週来られた患者さんが、

「あれ?先週と全く変わらない・・・・凄い勢いですね!」

「凄いでしょ・・・・本当にビックリしています。」

ほとんどの患者さんが、アザミに気付いて驚いています。そこで、アザミについて調べてみました。

ノアザミ(野薊、学名: Cirsium japonicum[1])はキク科アザミ属多年草。日当たりのよい山野に生えていて、初夏から夏に花を咲かせるアザミのなかまの一種。深く切れ込んだ葉の縁にはとげがあり、花色は赤紫色や淡紅色のほか、白色もある。

和名ノアザミは、「野アザミ」の意味で、アザミはこの仲間の植物(アザミ属)の総称である[2]。アザミの由来については、一説には触ろうとするとトゲに刺されて「欺かれた」という意味からついた名とも言われている[3]。別名を、コアザミともいう[3]。中国植物名(漢名)は、大薊(たいけい)[4]。

花言葉は、「触れないで」である[3]。

分布と生育環境[編集]

ノアザミの分布域は広く、日本本州四国九州のほか[2][5]、アジア大陸にも変種が分布する。丘陵近くの野原[6]、山野草原道ばた河川敷に自生し[4][7]、日当たりのよいところでよく見かける[2]。

とあり、世界には250種類あり、日本でも100種類ほどあり、その分類は非常に難しいそうです。また、天ぷらにして食べることも出来、根っこは切りとって5分程煮てから、きんぴらにしても美味しいそうです。

なるほど、これだけ勢いがあるから、食用になるわけですね!

真っ黒クロスケ

フェイスブックは、毎日書くようにしているのですが、全く書けない日もあります。昨日がそうでした。そんな時は、書かないようにしています。でもそのせいか???朝寝坊。

 

あまり時間がないので、朝の掃除は簡略。トイレ掃除のみ・・・・と決めつけようとしたのですが、こんな時こそ、普段やれてないところの掃除を思いつきました。

「さて・・・どこがいいかな?あった、あった・・・ここじゃ!」

玄関から一番遠いところの窓。この窓は障子とガラス窓+網戸の三重になっているので、夏冬は冷暖房が省エネでとても気に入っています。ところが、ほとんど雑巾掛けをしていませんでした。

毎日、通気をよくするため戸の開け閉めをしているので、汚れを見ているのに、無意識の内に気づかない頭になっているようです。

そこで、雑巾掛け。驚きました!真っ黒クロスケ・・・・・網戸となると、この5年間全くゴミ取りをしていませんでした。すると、今まで見えていた網戸の網が、見えなくなるほど透けてきます。丁寧に拭き取り、玄関の方まで行って、改めて網戸を見て見ました。

『あれ?網戸・・・外しのかな・・・』

と、思うほど透け透けです。これが本来の網戸だったのです。患者さんが、待合室兼治療室のイスに座って最初に見るところが、この網戸。これからは、毎日綺麗に拭かなくては・・・・と、思ったのでした。

「となりのトトロ」で出てくる真っ黒クロスケは、子どもしか見えない生き物ですが、私は、網戸の真っ黒クロスケを見つけて、網戸から見える明るい世界が見えました!

ベースギター

久しぶりにベースギターの練習を、ギターとドラムの奏者と共にやりました。最近1人練習を休んでいたので、ちょっと指が忘れているところあり。継続がやはり大切だと、痛感しました。

明日から、空き時間をベースギター練習にも使おうと思います。

エレキギターの神様・寺内タケシのお弟子さんが、私の師匠なので恵まれています。まず教え方が上手いので、ついつい乗せられ楽しく弾けるのです。私は決して上手くないのですが、皆んなと音を作ることの楽しさが、少しずつわかるようになって来ました。

ピアニストのフジコ・ヘミングの曲に、すっかり魅了された佐賀市在住のノリ漁師・徳永義昭さんは、52才から突然独学で、ピアノ練習を始めたそうです。しかも、リストの難曲「ラ・カンパネラ」を・・・・・・・そして、ついに、北九州市で行われたフジコ・ヘミングさんのコンサートにゲスト出演し、フジコ・ヘミングさんの演奏前、多くの聴衆を前にピアノを弾かれたのです。徳永さんは「夢が実現し、感無量の思いだ」と感想を語ったそうです。私は、そんな野望は全くありませんが、年とは関係なくやる気になれば、人は何でも出来るという事を改めて知ることが出来ました。

音楽演奏と縁の無い生活をしていた私にとって、演奏する時間と空間はとても新鮮。偶然にも、無垢材で覆われた治療室は、最高の音響空間だったのですから、60才を超えたおっさんが、コロナ禍のご時世にいただいた、最高のプレゼントだと感謝しているのです。

人は年をとり、いつかは死を迎えますが、笑って死ねるといいですね・・・・死ぬ間際の音が、楽しく美しいものであれば・・・・最高。

 

松山の奥座敷

昨日は、実家に帰りました。しかし、肝心の母親はお友達と茶道の練習会で、会うことが出来ませんでした。コロナ禍なので、毎日曜日のお茶会をやめていると思っていたのですが・・・まあ、一週間後には、会えるので大丈夫。

 

弟が芝桜を沢山栽培していました。棚田で有名なこの地区には、日本一の米作り農家もいるので、芝桜を植えてアピールするのは、良いアイデアだと思います!弟には、大学の親友が翻訳した「人間主義的経営」の本をあげました。地域お越しの参考になれば良いと思います。そして、以前にフェイスブックで紹介したこともある近藤林内邸の跡地を見学しました。立派な石垣から大きな屋敷であったと想像できます。今は、誰の所有地でもないそうなので、イタドリを沢山取って帰り、現在料理中です。

私は、高校1年の夏休みまでは、この地区(河之内といいます)に住んでいたのですが、近藤林内邸を見たこともないし、その部落(日浦といいます)にも行ったことは、ほとんどないのです。灯台下暗しとは、この事です。私の実家がある部落(音田=おんだ)と、お隣の日浦の地形が全く違うのに驚きました。日浦は急傾斜地にあるのですが、陽当たりが良さそうです。また、対岸の美しい棚田が見れるのはとても贅沢でした。音田からは、なだらかな勾配になり川の流れが緩やかになっていきます。

日浦の奥に、問屋(といや)という部落があり、白猪の滝(しらいのたき)という冬には凍る滝があります。ここに、正岡子規や夏目漱石が足を運び、近藤林内邸で宿泊したそうです。昭和2年に松山道後名所図絵が作られ、唯一観光地として取り上げられたのが、私の実家がある河之内です。その絵に惣河内神社(私は、この神社の社務所で小学校5年まで生活しました)と描かれているのですから、もう少し誇りに思ってもいいようです。

弟が言っているように、河之内は、まさしく「松山の奥座敷」なのです。

首都大学リーグおすすめ!

1年ぶりに、近所の野球強豪校の新田高校の選手A君が、来院。愛媛県の春の大会では1位になったそうです。もっとも、春の選抜高校野球大会に出場した聖カタリナ高校との決勝戦は、県内全域が最大警戒レベルの「感染対策期」に移行したため、8日から21日までの2週間が対策期間となり、くじ引き決着。それに新田高校は、勝利したそうです。夏の県予選では、第1シード校になります。

A君には、足にパイオネックス10個貼って、腰痛を7割ほど取りましたが、それ以上の成果を上げる事は出来ませんでした。そこで、頭部に7本置鍼して痛みは、ほぼ無くなりました。YNSAの創始者山元先生が、見つけてくださった治療点が、最後にはあるので、それまでは、ドンドン仮説を立てて、患者さんのカラダに聞いていくという治療をしています。何故なら、その方法を山元先生がやっておられたからです。

A君は大学に進学しても野球をしたくないと言ったため、初めて私が大学で野球をしていたことを、言いました。私が体験した大学野球は、最高に楽しかったし、そんな野球をしている大学は首都大学リーグ(私の母校が所属)にあるのを知っているからです。まず、首都大学リーグは学業優先で、土日曜しか試合をしない上に、2種類のユニホームを着ると説明し、カッコイイ桜美林大学のユニフォームをA君に見てもらいました。

「ええっ・・・カッコイイ、こんなユニフォーム・・・高校では考えられない・・・・」

「そうじゃろ・・・首都大学リーグじゃったけん、巨人の原監督と試合出来たんよ・・」

などと、その時の体験談をしっかり話してあげました。A君のように野球強豪校に所属していると、強豪大学の練習情報が、入ってくるので、その厳しさに躊躇(ちゅうちょ)するのではないかと思います。しかし、楽しく大学で野球をするところは、あるのです・・・A君の次回来院時、色々情報を提供してみます。

人間主義的経営 再び

愛媛県は、聖火リレーを中止するそうです。インターネットで下記のように掲載されていました。

『新型コロナウイルス感染拡大を受けた愛媛県実行委員会の申し入れを了承した。同市中心部の城山公園で行われる到着式では、市内を走る予定だったランナーが、聖火をともしたトーチを手渡しして聖火皿に点火するセレモニーを開く。公道でのリレーが中止された大阪府では、代替のリレーが万博記念公園で実施されており、ランナーが走れなくなるのは松山市が初めて。

愛媛県内のリレーは21、22両日に20市町で計画され、松山市内では約3キロを27人が走る予定だった。市内での感染拡大に歯止めがかからず、中村時広知事が中止の意向を示していた。他の19市町では実施する予定。』

じわじわと、地方都市にもコロナ第4波が押し寄せているようです。当院では、密にならないように、実際の治療時間は、1時間弱ですが、1時間30分の予約制としているため、患者さん同士が同じ空間にいることはありません。コロナ禍でこのやり方がすっかり定着してきました。今日の最後の患者さんは、私と同い年の女性。そんなこともあって、治療後「人間主義的経営」ブルネロ・クチネリ 翻訳 岩崎春夫の本が話題になりました。

「先生、私はまだ全部を読んでないんですけど、言葉の表現が素敵なので、嬉しくて嬉しくて・・・本当に素晴らしい文章力ですね!」

「そうでしょ!とても翻訳していると思えない、素晴らしい本でしょう・・・岩崎(大学の同級生で共に野球部)は、本当に凄いやつなんだよ・・・・いい刺激をもらった・・・自分も何か作ってみたいと思うようになりました。」

と話しながら、患者さんの息子さんもまた、農業を通して地方創生を考えているとか、久万高原町では、山を買い取って古民家を再生して民宿をしている人がいるなどと、様々な話が飛び交いました。コロナ禍では、力をゆっくり溜め込んで、次のステップを楽しむことにしましょう!