積み木

 

私のライフワークに積み木があります。1979年に発表して43年も経ってしまいました。いわゆるバカの一つ覚えであります。大学院の学生(結局、大学院は修了できませんでした・・・これで、人生も随分変わったと思います)だったので、先輩ズラして後輩の石原恒和氏や畠山直哉氏にビデオや写真を撮ってもらったのですが、大変贅沢な時間だったと思います。

石原氏は、ポケモンの創始者で株式会社ポケモンの代表取締役です。畠山氏は若くて紫綬褒賞を受賞した天才写真家です。この2人と共同生活をしていたのですから・・・・2人の天才は、私との会話は退屈だったと思います。レベルを下げて話をしていただいたのをはっきり覚えています。

まあそんな私ですが、魂合気の大野朝行先生との出会いで、積み木の積み上げ方が変わります。今まで以上に、生命力の集積された造形物になることでしょう。そんな思いでクスノキを糸切りノコでボチボチ切って5月31日(火)萬翠荘での発表(5月31日から6月2日まで作り続ける予定です)を待っています。

踵重心

 

私は20年ほど前離婚し、アメリカのペンシルベニア州ステートカレッジという学園都市で、安アパートに住み、皿洗いの仕事をしていました。可愛い3人の子供とは、それっきり、人生のどん底。

こんな時、目標を持つと何とか生きていけます・・・・それは、「世界一の皿洗いになろう!」でした。そこで、まず最初に考えたのは足元。当時履いていたスニーカーに不備を感じていたので、地下足袋(じかたび)に履き替えたところ、圧倒的に作業効率が上がったのです。地下足袋はワラジ生活を靴生活に変える時に、生まれた生活の知恵だと思います。

江戸時代、人々はワラジを履いて生活していました。ワラジの素晴さは、まずエコロジー。藁(ワラ)から履き物を作るという発想は、米文化が生活の中心にあったからなのでしょう。私は友人から戴いた布でできたワラジを履いて生活しています。ワラジを履いて踵重心の生活をすると動きが軽快になります。この感覚が大切です。この感覚がアメリカのステートカレッジで皿洗いをしていた時の感覚です。

私は地下足袋の踵を使ってクルクル回転してあっという間に皿洗い、片付けをしていました。当時「ヒロ」と呼ばれており、私が夕方からのシフトで登場すると、「私のヒーローが来た!」と叫ばれ、「忍者」と呼ばれていました・・・・今では、皿洗いは不得意なのですが・・・・

とにかく、踵重心の生活・・・古来からの日本の生活を取り戻すことから、始めています。

仙骨呼吸で高音が長時間出る

大野朝行先生が唱えておられる仙骨呼吸を体験して、本当に驚きました。常日頃、呼吸は深くできていると思い込んでいた自分が恥ずかしくなりました。仙骨というのは骨盤を形成し、坐骨神経が出ているカラダの背部中央にある重要な骨です。仙骨の周りに骨盤の半分を占める腸骨という大きな骨があり、仙腸関節で微妙な動きが出来ます。

仰向けで寝た格好の時、背部中央部の仙骨はヤジロベーの接点のような大事なポジション。この状態で仙骨呼吸するには、足の指先を背屈していくといいように思います。これは、大野朝行先生の本には書いておられないのですが、今日、歯医者に行って歯を抜いてもらうために、麻酔を打ってもらっている時、実験してみました。カラダはリラックスした斜めの仰臥状態。これで、足先の背屈を行うと、大転子という大腿骨の出っ張りが上方屈曲してお尻がやや浮くようになります。すると横隔膜が下がり、胸部は上方に反ってきてアゴがあがり、胸郭がひらくのです。この状態は、歯医者さんにとって、仕事がしやすい患者のポジションのようです。

とにかく、この仙骨呼吸で発声練習をした時、高音が力強く長時間続くのには驚きました。今日は「あじさいクラブ」のメンバーが集まって練習をするのですが、皆んなで仙骨呼吸発声をしてみようと思います。

阿南市に四国89ヶ所の霊場

 

徳島県の阿南市が主催するイベントで第15回西日本生涯還暦野球大会が、先日開催されました。阿南市役所には「野球のまち推進課」が全国に先立てて設置され、野球で地域越しをしています。西日本の32チームが招待され、5ブロックに分かれ優勝チームが5チーム生まれる大会です。70才代の男性患者Bさんのチームは、そこで5連勝し優勝したそうです。四国88ヶ所に1つ付け足しして四国89ヶ所を89(や+きゅう)霊場を阿南市に設置(スポーツ評論家、二宮清純氏の提案だそうです)。60才以上のチヤガールズも出て来て楽しいイベントです。

Bさんは、この大会に間に合わせようと2週間前から右肩の治療に来られていたのですが、2回の治療で何とか間に合いました。レギュラースタメンで毎試合出て、活躍されていました。何とBさんは、スポーツ紙に負けない立派な「手作り新聞」を作って成績を残しておられました。こうやって、成績が残ると俄然やる気になるものです。もちろん、この新聞はメンバーみんなが読む事になるのですから・・・・・来年から、参加してみよう・・・などと思ってしまいます(私も2回ほど練習に参加したことは、あるのです)。

さて、本日のBさん、自律神経を整える基礎治療で、鍼4本を頭に刺し、首診をして内臓を整える応用治療には、3壮のお灸を足にして終了。後は、右肩の治療です。足に見つけた治療点にお灸をしていきました。紫雲膏をたっぷり盛ったうえに、艾炷(がいしゅ=円錐形のモグサ)を置き火を着けるのですが、Bさんはほとんど熱を感じなかったそうです。それでも、右肩は良くなっていきました。下記が、Bさんの言葉です。

1壮:「朝起きた時よりも、可動域はふえた。」

2壮:「肩・・・あんまり痛くない。」

3壮:「前より(痛みが)多少減った。」

4壮:「違和感があるが、(痛った!)ちゅうのは無い。」

5壮:「違和感がだいぶ減っとる。」

6壮:「痛み、違和感がない・・・可動域が増えとる。」

最後にパイオネックス(円皮鍼)を治療点に張って終了しました。次回の治療は、1週間後です。またご報告します!

アワの取り入れ

 

魂合気の大野朝行先生が、YouTubeで「アワの取り入れ」という感性を高める動きを紹介されています。これは、私が鍼を刺鍼する時に、意識的に取り入れています。患者さんにとっては、その1本が痛いようです。ただし、1本で2~3本の効果を出しているように感じます。ところが、40才代の女性患者Aさんにとっては、余りにも痛すぎて気分が悪くなってしまいました。そのため、鍼を抜きゆっくり過ごしてもらう事にしました。そして、今後の治療方針をお互いで話し合うという、今までには無い時間を過ごす事になりました。

Aさんは、今までの治療をどのように感じていたのか、素直に話してくださいました。これからAさんには、1本ずつどのように感じるのか、もう少し詳しく聞いてみようと思います。今回は気分を悪くした治療だったので、料金を頂かないで帰っていただきました。

毎日が、勉強です。

タスキ

 

 

今年は、2年ぶりに日仏文化交流展があります。前回は、コロナ禍にアートでメッセージという思いで、クスノキ(薬の木が由来)を使って祈念のインスタレーション(その場限りのアート)を作りました。今回は、その小規模バージョンで前回の1/10位の大きさになります。先日、その打ち合わせがあり、20人位集まりチラシ配布の段取りに大忙しでした。私自身は、グループ展の経験があまりないため、みんなとワイワイ楽しく過ごす時間が新鮮でした。

実家の社務所で祝い事の準備をしている感覚になり、幼い頃の場面が浮かんできたのです。当時の世話係のおばさん達は、着物姿にエプロン。日本手ぬぐいで包かむりそして、タスキをしていました。おくどさんに乗った窯(かま)からは湯気が舞い上がり、熱気に包まれていました。幸いなことに、私はまだ日本の日本らしい風景を体験しています。

この日本を突き詰めた動き、言葉、思想が大野朝行先生が追求されておられるカタカムナと合気道を融合された世界に行き着くように思います。大野先生は、少し前の日本で当たり前に使われていたタスキを奨励されています。私も治療時にタスキをするようにしました。

腰痛の人が腰にコルセットをまくように、肩にタスキをするのです。この利点は、肩甲骨と肩甲骨の間にある菱形筋(りょうけいきん)という筋肉を意識し、縮めることにあります。すると、仙骨まで軽く縮まりカラダに軸が出来るのだと思います。この姿勢で鍼を患者さんに刺すと、気の流れが全く違うように思います・・・・昔の日本は宝の宝庫!

  

大海原

自己免疫疾患があり、当初は週に1回のペースで来院されていた40才代の女性患者Aさん、

最近は月に1回の来院です。前回のお灸治療が気持ち良かったので、基礎治療(自律神経を整える)は、頭に置鍼し、内臓を整える応用治療はお灸をする事になりました。

合谷診:左(左上腕診、左膝診をします)

上腕診:頚椎、胸椎、腰椎、大脳

膝診:頚椎#2(2)、胸椎#4(1)、腰椎#4(1)、大脳(0)、小脳(0)

(   )内は置鍼の数。

首診:左腎(灸2壮)、左大腸(灸5壮)、左三焦(灸3壮)、左脾(灸2壮)、右膀胱(灸5壮)、右大腸(灸3壮)、右胃(灸4壮)

Aさんは、4本の置鍼でその即効性を体感された後、お灸で徐々にカラダがほぐれていくのを体感出来るので、ちょっとリッチな感じのようです。しかも、紫雲膏を皮膚にたっぷり盛って、やや大きめの艾炷(がいしゅ=円柱形のモグサ)に火をつけても熱くないのにAさんビックリ。この灸なら、患者さん本人ができるので、その簡単な方法をお教え出来るようにしたいと思います。

来院した時、肩がパンパンに張っていたのですが、足のお灸で徐々に肩が温かくなり、緩んできました。また、張っていた腰も長時間座っていても気にならなくなりました。お灸をしながらの治療の良いところは、心地よい会話が出来、心が和(なご)むことにあります。Aさんは好きなスピッツの曲を聴きながら時に、小声で歌って楽しい過ごされました。

また新たな足の治療点が見つかりそうな気配・・・・足だけで、大海原を航海しているような感覚になります。これからも、もっと楽しみたいと思っています。

1本の置鍼で良くなった

 

以前、60才代の男性患者Aさんで、10年前、犬の散歩中に左膝が抜けるような感覚になり、しかも野球でキャッチャーをして悪化させ、今年1月に手術の予定があったにもかかわらず、当院に通院され回復し、主治医の先生に手術の必要がないといわれたことを紹介しました。その後の経過をご報告します。

「いや~、膝に痛みが出ても、自分で治せるようになったのが、本当に不思議。」

来院されるや否や、嬉しそうに話してくれました。Aさんは耳の後ろや、眉毛の上にある治療点を刺激してご自身で治療しています。とにかく、5月末からの野球練習開始を目標に掲げての通院ですから力が入ります。

「最初は、半信半疑じゃったろう?」

「そうよ、半信半疑・・・〇〇君(同じ野球チームの後輩)なんか、治っているけど、治療中は半信半疑じゃった言よったよ。」

〇〇さんは3回の治療で良くなった方です。おかげでこの野球チームからの患者さんが増え始めているのは、ありがたい限りです。

合谷診:左(左の上腕診、膝診を行います)

上腕診:なし

膝診:左頚椎#5、#6、#7(0)、左胸椎#1、#2(1)、#8(0)、左脳幹(0)、

首診:右大腸(0)、左肝(0)、左心包(0)、左大腸(0)

(   )内は置鍼の数。

今回は、たった1本の置鍼で全ての圧痛点が消滅しました。こんな事は初めてです・・・・少し腕が上がって来たのかも知れません・・・とにかく、後は左膝の治療点に2ヶ所置鍼して鍼治療は終了。次は、見つけた足の治療点に紫雲膏灸(紫雲膏をたっぷり塗ったところに、灸を据える痛くない灸治療)をすることにしました。すると、

「膝の内側に熱が来た。」

「膝の皿全体が動く感じ。」

などと、教えてくれました。この証言は、膝の治療点を証明してくれていると思います。このような事例を数多く集めていきたいと思っています。これからも、益々楽しい治療家人生を歩んでいきます!

紫雲膏灸

紫雲膏灸は、故安藤譲一先生が漢方薬の軟膏である紫雲膏を、お灸の熱を和らげる緩衝材として日本で初めて活用し、そのお弟子さん達が始めた灸法だそうです。私はそんな方法があるとは知らず、勝手にやっていたのですが、これは効果的なお灸で普及には最適であると思います。

今日は、足に見つけた治療点にセルフケアと、人体実験を兼ねて紫雲膏灸をやりました。山元式新頭鍼療法(YNSA)では、上腕診といって脳と脊椎の状態を診断する基礎治療を最初に行います。これで、自律神経を整えます。この上腕診と同様に膝を診断することで、正確な基礎治療をおこなうことができます。

これは、YNSAの治療法の一つとして、臍(へそ)を中心に折り曲げて対応する点を治療点としてみなしているから言えることです。もう少し具体的いうと、肘に圧痛点があれば、膝にもあり、膝の圧痛点を取れば、肘の圧痛点が取れるということです。つまり、手の親指=足親指、手首=足首、肘=膝となり、この場合の肘とは、上腕になります。

上腕診では肘周辺の圧痛、硬結を診断し、頭に置鍼して圧痛、硬結をとります。これは肘周辺がゆるむだけではなく、膝がゆるむことも意味します。

実際、私は膝診で圧痛、硬結をさぐり、頭に置鍼して膝のゆるみを確認しています。膝がゆるんでも、肘に硬結が残る場合は、もう一度頭に置鍼するようにしています。膝診は、足のアプローチによるセルフケアに最適です。見つけた足の治療点に紫雲膏灸をやり、膝診でその診断点がゆるむことを確認できるからです。

今回の人体実験とセルフケアを兼ねた紫雲膏灸で、足の治療点を確認できたのが大きな収穫です。

日本少年

 

リードギター歴40年以上のベテランギタリストが、あじさいの杜鍼灸院で練習を始め、いつの間にか私がベースギターを弾くハメになり、「あじさいクラブ」が出来上りました。つい先日、メンバーのマネージャー兼ドラム担当のHさんが、中学高校ブラスバンド部だった女性をスカウトしてきました。

この女性は、夏目漱石研究をライフワークにしており、漱石が学習院大学教授に応募したにもかかわらず、漱石を蹴落とし教授の座を射止めた重見周吉という愛媛県今治市出身の人物を描いた本『「日本少年」重見周吉重の世界』を出版されています。重見周吉は、14歳で京都同志社に進学してキリスト教に受洗し、米国留学エール大学理学部を卒業すると、直ちに医学部へ進学しました。「日本少年」はこの時、留学を継続し、医学を修める学費稼ぎのためにコネチカット州ニューヘブンで執筆された自伝的エッセーです。

このエッセーは英語で書かれていたため彼女がそれを日本語に訳しました。それ以外にも夏目漱石との比較、新渡戸稲造の「武士道」との比較など鋭い視点で描き、当時の文化人交流の様子を徹底的に調べ上げた貴重な本となっています。この本、是非ともおすすめします!「日本少年」の中で、灸(やいと)について描かれている箇所があるので、紹介します。

『僕がいまだに否応なく思い出す最大の恐怖は、やいとの厳しい試練だ。これは日本で病を癒し回避するお家芸だ。

灸とは、もぐさでちっぽけな円錐型をいくつも作ったものを背中のそれぞれのツボに置き、前に話をした例の線香で火をつけるものだ。肉が灼かれた時どういう気持ちがするか想像してみて欲しい。僕はこの残酷な施術には断固抵抗したものだ。(中略)

ところが僕は父の部屋のしきいをまたいだ途端罪人にされてしまった。しかも疾患があってもなくても、厳しい父と母はやいとをしなさいとしょっちゅう言い張るのだった。極めつけは、父が僕をじっと押さえつけた状態で母が僕の裸の背中を灼こうとしている時、僕が苦悶をあらわにしている様子だ。

どんなことにも平常心でいるよう、落ち着かせるための手段として飴をくれるという約束を交わしていたのだけれども、このときばかりは飴も一気には効を奏しなかった。僕はけたたましい声を上げて泣き(たとえ痛みがなくても泣き続けて)、足をバタバタさせてあばれた。』

とあります。世間一般には、この火傷(やけど)をつくる恐怖の羽交締(はがいじ)めが、強烈なイメージとして浸透しているのでしょう。私は鍼灸師として、このイメージを打破をする必要性を感じており、現在、紫雲膏(しうんこう)のてんこ盛り(耳かきですくって皮膚に盛ります)にモグサを置く方法で施術しています。何とこれが好評なのです。

「先生、これは気持ちがいい、いいですね~」

この言葉を信じて、試行錯誤中です。